中小企業におけるM&Aの件数は、年々増加しています。
後継者不在の会社が事業承継の手段としてM&Aを選ぶケースも増えていますが、実はその全てが成功しているわけではありません。
M&Aの失敗を防ぐためには、M&A取引に立ちはだかる問題点や懸念事項を把握して、事前に対策を講じておくと効果的です。
そこでこの記事では、M&A取引の際に起こり得る問題と有効な対策を解説しています。
- 理想のM&Aを成功させたい方
- M&A交渉を失敗したくない方
- M&Aが抱える問題点を知りたい方
- M&Aで得られるメリットについても知りたい方
上記に当てはまる経営者様は、ぜひこの記事をチェックしてM&Aを成功へと導いてください。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:M&A取引の際に立ちはだかる問題点の原因と対策
M&A取引の際には、経営者が注意しておくべき問題点がいくつか存在します。
これらの問題点を知ったうえでM&Aに取り組めば、知らないまま取り組んだ場合よりはるかに高い満足度が得られる可能性が高まりますよ。
たしかに起こり得る問題点を事前に把握できていれば、対策を練った上でM&Aプロセスに取り組めますもんね。
ここでは、M&A取引の際に立ちはだかる問題点の原因と、その対策についてみていきましょう。
主に売り手目線から見た問題点を解説しています。
1-1 希望どおりの価格で会社売却できるとは限らない
M&Aプロセスで起こり得る問題点としてまず挙げられる点は、希望通りの売却価格が付かない可能性です。
中には、売り手が考えていた売却希望価格にはるか及ばないという事例も少なくありません。
M&Aの実行を検討する際には売却希望価格に幅を持たせた上で、下記で紹介している対策を講じると良いでしょう。
○原因
売り手が希望する売却価格に届かない原因として考えられるのは、主に以下の4点です。
- 買い手のニーズと売り手企業がマッチしていない
- 業務が人に依存した状態で、引き継ぎの難航が予想される
- 売り手企業の業績が低迷している/今後の低迷が予想される
- 売り手企業が多額の負債を抱えている
○対策
会社の売却価格を希望している金額へ近付けるためには、以下の対策を実行すると効果的です。
- 自社の強みを求めている買い手候補を探す
- 社長の業務を人依存から仕組み依存へと転換する
- 業績を上げる努力をする
- M&Aプロセスの開始までにできる限り借入金を返済しておく
人依存の業務からの脱却は、今すぐにでも取り組める内容です。人に依存しない仕組み作りで企業価値がグンと上がるため、全ての中小企業におすすめですよ。
あとは業績を落とさないように経営努力を続けて、自社に合った買い手を探せば、希望の条件に近いM&Aが実現する可能性が高まるというわけですね。
その通りです。かなり大変かとは思いますが、良い条件で売却できればリタイア後の生活がより潤いますので、頑張りどころですよ。
1-2 条件に合う譲渡先が見つからない
M&Aでは、売り手が希望した条件に合う譲渡先探しが難航するケースもみられます。
○原因
売り手が欲を出し過ぎてしまい、実際の企業価値以上の売却価格を希望している場合に買い手が付かない可能性が高まります。
また、M&Aコンサルタントが買い手候補を提示しても「ここはダメ」「ここもダメ」と言う売り手社長も中にはいらっしゃいます。
「ここはダメ」に明確な理由があればまだ良いのですが、最初から買い手選びの間口を狭めてしまうのは良くありません。
理想的なM&Aの実現どころか、どこからも買収されない結果となってしまいます。
○対策
まずは、社長自身が自社の企業価値を正確に把握しておくことが重要です。
自らが育て上げてきた会社に強い思い入れがあるのは分かりますが、冷静に客観的な目で自社を見つめてください。
また、実際に買い手候補を探してみると、自社の相場がだいたい見えてきます。そこから改めて売却希望価格を設定しても良いでしょう。
さらに、買い手選びの間口はできるだけ広く持っておくことをおすすめします。
買い手候補として提示された企業が想定していた業種や企業規模などと合わない場合でも、検討してみると実は魅力的な企業であるケースもあるからです。
絶対に譲れない条件だけは明確にしておくこと
絶対に譲れない条件は、M&A交渉を進める軸となります。
このM&Aで最も大切にしたいことは売却価格なのか、従業員の処遇なのかはたまた社名の存続なのか。
そこを明確にしておくことで、買収先の選定にも確固たる基準が得られます。
1-3 M&A交渉が難航する
M&Aは、少しでも良い条件で売却したい売り手と、少しでも安く買収したい買い手との交渉です。
相反する目的を持った両者の交渉は、しばしば難航するシーンに出くわします。そして交渉の難航は、M&Aプロセス全体の遅延にもつながります。
両者が納得でき得る落としどころを早期に見つけ、調整していくことが重要です。
○原因
先にも述べたように、売り手と買い手の思惑が正反対であることが主な原因です。
売却価格の交渉にとどまらず、役員の処遇・社長自身の処遇・M&A後の経営についてなど、両者の意見が交わらない可能性のある項目は多岐にわたります。
○対策
解決策としては、両者が円満に合意できる条件の提示が挙げられます。100%自社の意見が通らなくても「これくらいなら大丈夫」と感じられる落としどころの発見が重要です。
また、条件の変更にも柔軟に対応できるように、M&Aへ希望する条件には幅を持たせて設定しておくと良いでしょう。
その際にも1-2で挙げた、絶対に譲れない条件の明確化が重要です。絶対に譲れない条件・譲歩できる条件・相手の意向に添える条件をしっかり検討しておきましょう。
1-4 M&Aに必要な費用やキャッシュフローの確保
M&Aで起こり得る問題の1つに、費用面やキャッシュフローの問題が挙げられます。
発生した費用は譲渡益から支払うことはできないのですか?
得た譲渡益から支払える費用もありますが、そうでない費用も存在します。費用面においては事前にしっかり準備と確認をしておきたいですね。
○原因
M&Aを実行する際には、税理士・弁護士・M&A仲介会社など様々な専門家との関わりが必要になり、それぞれに報酬の支払いが発生することが原因です。
成功報酬などM&A完了後に支払える報酬もあるが、着手金や中間報酬など、M&Aプロセスの途中で支払いが必要な報酬に注意
その他に契約書の印紙代なども必要になります。
○対策
費用やキャッシュフロー面で発生する問題を起こさないためには、事前の準備が必要です。
M&Aをサポートする税理士・弁護士・M&A仲介会社などへ支払う報酬の目安と支払い時期を把握し、プロセス中に支払いが必要な項目に対しての資金を用意しておきましょう。
また、キャッシュフローに関しても社長自身がしっかりと把握し、最適化しておくとベストです。
1-5 情報漏洩などによるM&A交渉の決裂(破談)
M&Aで最も避けたい事態が、交渉が決裂し破談に終わることです。そしてM&Aが破談になる原因の1つが、情報漏洩です。
どこからかM&Aに関する情報が漏洩すると、不安を感じた従業員が退職したり、取引先から取引の停止を言い渡されたりする恐れがあります。
その結果として当初算出していた企業価値が著しく損なわれてしまい、買い手企業としては「この企業価値であれば買収できない」となってしまうのです。
最悪のケースでは、会社の倒産を招きます。そのためM&Aを実行する際には、情報漏洩に細心の注意を払う必要がありますよ。
○原因
情報漏洩が起こる可能性として最も大きな原因が、社長自身の言動です。
- デスクにM&Aの資料を置きっぱなしにしていた
- 社長のメールアドレスを秘書と共有していた
- 知り合いの経営者に冗談交じりでうっかり話してしまった
- M&Aコンサルタントとの会話を従業員に聞かれてしまった
上記のような行動が情報漏洩につながり、M&Aの破談や会社の倒産を招く原因となるため注意が必要です。
○対策
情報漏洩を防ぐ最も効果的な対策は、ふさわしい時期まで決して誰にもM&Aの事実を話さないことです。
「ふさわしい時期」とはいつを指しているのでしょうか。
最終譲渡契約の締結が完了すれば、どこへ話してもOKです。ただし従業員へはもう少し早く打ち明けるケースもあるので、担当のM&Aコンサルタントと相談して発表にふさわしい時期を見極めてくださいね。
また、M&Aの相手企業やM&A仲介会社から情報が漏れる可能性も、残念ながらゼロではありません。
思わぬ情報漏洩で不利益を被らないためには、M&Aの交渉を開始する前に秘密保持契約の締結を行いましょう。
2章:M&A取引完了後に起こり得る問題点の原因と対策
M&Aで起こり得る問題は、そのプロセス中にだけ発生するものではありません。
M&Aの取引完了後に問題が発生するケースもあるのです。
M&A取引完了後に発生する問題は、業績の下降や損害賠償請求の発生など、金銭的に大きなダメージを受けるものが多いため要注意です。
それは困ります!ぜひ原因と対策を学び、M&Aを成功へと導きたいものです。
2-1 企業統合による社内の混乱
M&Aでは2社以上の企業が、1つの企業もしくは1つのグループ企業となります。
M&Aの取引完了後から両社の統合作業が始まりますが、この統合作業が社内の混乱を招く可能性があるのです。
M&A後に社内の混乱が起こると日々の業務が遅延し、業績の悪化へとつながります。
その結果買い手企業はM&Aに期待していた効果が思うように得られず、投資金額の回収に予想以上の時間がかかってしまうことになります。
○原因
企業統合による社内の混乱が起こる原因として、統合作業の準備不足が挙げられます。
また、従業員への周知徹底が不十分であると、社内が混乱に陥りやすくなります。
○対策
M&A後の社内の混乱を最小限に抑えるために、買い手はM&A検討段階から統合作業の準備を始める必要があります。
また、M&A後は旧買い手側・旧売り手側双方の従業員に対して新体制への理解が得られるように、しっかりと説明を行っていきましょう。
特に、M&A後は買い手・売り手双方の従業員とコミュニケーションを密に取ってもらえるように、買い手へ依頼してくださいね。
M&A後に慣れない環境で働く従業員へのケアは大切ですね。早く慣れてもらえるように、積極的に声掛けをしてもらいたいものです。
2-2 雇用条件や労働条件の変更による従業員の離職
M&Aでは、従業員の雇用条件はそのまま買い手へと引き継がれるケースが一般的です。
しかし中には雇用条件や労働条件が変更となるケースもあり、その場合は不満や不安を感じた従業員が離職するリスクが発生します。
従業員の離職は資産の流出です。M&A後に従業員が離職すると業務に遅延が生じ、業績にまで影響を及ぼす可能性があるため注意が必要です。
M&Aの契約内容によっては、売り手にペナルティが発生する場合もありますよ。
○原因
M&A後の人員整理による転勤や配置換えで、今まで働いていた職場から離れなければならない従業員が出てくる可能性があります。
従業員によっては「急に親会社が変わって社内ルールの変更や異動を命じられた」と捉える人が出てくるかもしれません。
また事業譲渡でM&Aを実行した場合、譲渡対象となった従業員は一旦売り手企業を退職し、買い手企業と新たに雇用契約を結びます。
その際に給与等が変更になる可能性もあり、不満に感じる従業員が出てくるかもしれません。
雇用条件や労働条件の変更が大きなストレスとなり、離職を選択する従業員が出てくる可能性があるのです。
○対策
1つめに挙げる従業員の離職を防ぐ対策は、M&Aの条件に従業員の処遇についてしっかりと盛り込むことです。
ゆくゆくは1つのグループ企業として給与などの統一が必要ですが、変化を緩やかにしてもらうことで従業員の不安や不満を和らげられます。
- 向こう○年間は転勤させない
- 給与や福利厚生は暫く現行のままで
などをM&Aの条件として盛り込み、買い手に納得してもらいましょう。
もう1つの有効な対策としては、M&Aを従業員へ打ち明けるタイミングを間違えないことです。
「自社がM&Aで買収される」と聞いた従業員は不安を覚えやすいものです。
社長自らが適切な時期に、従業員に安心感を与える方法でM&Aの実行を打ち明けることで、従業員も安心してM&Aの事実を受け止められるようになります。
2-3 損害や損失の計上
買い手企業が売り手企業を買収した後に、金銭的な損害や損失の計上を余儀なくされる問題が起こり得ます。
○原因
買収後に粉飾や簿外債務が見つかったことで、のれんの減損損失計上が必要になるケースがあります。
また、M&Aで想定していたシナジー効果が期待通りに発生しなかった場合にも、投資金額の回収が想定より遅延してしまいます。
○対策
買い手企業は買収前のデューデリジェンスを正確かつ綿密に実施し、売り手の簿外債務や粉飾を見逃さないことが重要です。
また、M&Aで想定していたシナジーを十分に発揮するためには、適切な相手企業の選択や計画的な統合作業の実施が欠かせません。
2-4 損害賠償請求の可能性
M&A後に買い手に対して嘘の申告をしていることが見つかった場合、売り手は買い手から損害賠償を請求される可能性があります。
過去には実際に損害賠償請求が行われた事例がありますよ。
M&Aで会社売却を検討している身としては、対岸の火事ではありませんね。ところで「嘘の申告」とは具体的にどのような申告なのでしょうか。
赤字決算や申告漏れの指摘を隔していたり、法律違反を隔していたりしていたケースが実在します。
実際に損害賠償請求の裁判が起こされた事例については、以下の記事も参考にしてください。
○原因
売り手がM&A交渉に不利な情報を隠ぺいしたことが原因です。
M&Aでは多くの場合、このような事態に備えて最終譲渡契約書に表明保証条項が盛り込まれます。
主に売り手が買い手に対して「嘘の申告はしていません。隠しごともありません」という旨を約束したもの。
自社にとって不利な情報の隠ぺいが表明保証条項違反となり、買い手から損害賠償請求の請求が行われるのです。
○対策
とにかく売り手は買い手に対して嘘や隠し事をしないことです。
自社を良く見せようと見栄を張ると、後から何倍にもの大きさとなって返ってくる場合があるからです。
M&A取引はお互いの信頼関係が大切な取引でもあるため、相手には誠実な対応を貫きましょう。
3章:知人の企業へ譲渡する際の懸念事項
M&Aを実行される経営者の中には、知人から買収を持ちかけられてそれに応じるパターンもあるでしょう。
M&Aの相手が知り合いなら、安心して取引ができそうですね。
実は一概にそうとはいえないんですよ。知り合いだからこそ、注意が必要なポイントがあるんです。
知人同士のM&Aでは、既に経営者同士の関係が構築されているがゆえに、遠慮してしまい言いたいことが言えない可能性があります。
「こんなことを言ったら気を悪くするのではないか」との思いから、希望の条件や改善点などを言い出しづらくなってしまうのです。
その結果、思い描いていた理想のM&Aからは遠い内容での取引となる可能性もあります。
逆に知人だからといって言いたい放題していると、お互いの信頼関係にヒビが入り、M&Aの交渉自体が流れてしまう可能性があるため注意が必要です。
知った仲だからこそ、難しいという側面があるんですね。知人の企業への譲渡を成功させるポイントはありますか?
やはり第三者を間に挟むことが一番ですね。M&Aの専門家に間に入ってもらうことでお互い意見が言いやすくなり、良い取引が実現する可能性が高まります。
4章:スモールM&Aの課題と対策
1,000万円以下の金額で会社や事業の取引を行うことを、スモールM&Aと呼んでいます。
このスモールM&Aも昨今では増加傾向にありますが、取引金額が小さいからこその課題を抱えています。
- 単独では相手企業を見付けにくい
- M&A仲介会社に支払う成功報酬の負担が大きい
スモールM&Aの場合、単独では相手企業を見つけにくいことから、M&A仲介の利用を検討することになるでしょう。
しかし選択したM&A仲介会社によっては、譲渡によって得たお金よりも多くの成功報酬が必要になるケースがあります。
マイナスになるってことですか?なぜそんなことが起こるのでしょうか。
M&A仲介会社は、それぞれ最低成功報酬額を設定しているからです。最低成功報酬が高額に設定されていると、売却益を上回る報酬の支払いが必要になる可能性があるんですよ。
このような事態を避けるためには、最低成功報酬額が低めに抑えられているM&A仲介会社を選びましょう。
スモールM&Aに特化した仲介会社もあるので、事業規模によってはそちらを選ぶことをおすすめします。
5章:スキーム別の懸念事項と有効な対策
M&Aでは、選択するスキーム(手法)によってメリットや懸念事項が異なります。
そのため理想のM&Aを実現するためには、希望を実現できるスキームの選択が欠かせません。
しかしながら、メリットばかりに目を向けていては懸念事項に足元をすくわれる可能性があります。
ここでは、M&Aスキーム別に考えられる懸念事項と有効な対策についてみていきましょう。
懸念事項から起こり得る問題をあらかじめ検討して、しっかりと対策を講じておきましょう。
5-1 株式譲渡
株式譲渡とは、売り手が所有する株式を買い手へ譲渡するM&Aスキームです。買い手は対価として現金を支払い、売り手が所有する会社の経営権を獲得します。
つまり、経営者の座を買い手へ売却するというスキームですね。
簡単にいうとそういうことです。
会社を丸ごと第三者へ任せられるため、後継者がいない社長が引退する手段として多く用いられています。
その他の株式譲渡のメリットとしては、社長(オーナー)自身が売却益を受け取れる点や、従業員の雇用が守られる点などが挙げられます。
○懸念事項
M&Aのスキームとして株式譲渡を選択した場合に懸念すべき事項としては、主に以下の2点が挙げられます。
- 手続きが容易なためにミスが発生しやすい
- 社長(オーナ)自身が100%の株式を所有していないケースがある
株式譲渡は、手続きの簡便性からM&Aの現場ではよく使用されるスキームです。
しかしながら手続きが簡単だからこそ、油断が発生してミスにつながりやすいため注意が必要です。
また、中小企業の株式譲渡では、買い手が100%の株式取得を望むケースが一般的です。
しかし第三者から経営を受け継いだ社長の中には、自身も気付かぬうちに100%の株式を所有していない場合があります。
社長以外に株主がいる状態のことを「株式の分散」と呼んでいます。
株式の分散が発生しており買い手が全ての株式を取得できないとなると、買収価格の減額や破談につながる恐れがあるため注意が必要です。
○有効な対策
手続き上のミスを防ぐためには、M&Aの専門家にサポートを仰ぐと良いでしょう。
株式の分散については、M&Aプロセスへ踏み出す前に社長自身が本当に100%の株式を所有しているかどうかをしっかりと確認しておきましょう。
もし株式が分散していることが判明したら、分散した株式を適切な価格で買い取るなどして、自身が100%の株式を所有できるようにしてください。
5-2 事業譲渡
事業譲渡とは、会社が行っている事業の一部または全部を切り離して第三者へ譲渡するM&Aスキームです。
手放したい事業のみを譲渡できるため、手元に残したい事業がある場合などに活用されることの多いスキームとなっています。
○懸念事項
事業譲渡を用いてM&Aを実行する際の懸念事項としては、主に以下の2点が挙げられます。
- 手続きの煩雑さ
- 税負担の重さ
譲渡したい資産を個別に指定できるメリットを持つ事業譲渡ですが、裏を返せば譲渡する資産ごとに手続きが必要になります。
そのため手続きが煩雑になりやすく、時間がかかりやすいという懸念事項を持っています。
もう1点の懸念事項は、税負担の重さです。
事業譲渡の場合、売主は会社となり、譲渡益は会社が受け取ります。
そのため譲渡益に対して法人税が課税されるのですが、株式譲渡で課税される所得税・住民税等と比べると税率が高くなっています。
○有効な対策
手続きに時間がかかりやすい点を見越して、余裕を持ったスケジュールを組みましょう。
譲渡益を会社が受け取る以上、法人税の課税は免れません。場合によってはスキームを会社分割に変更することも検討してみてください。
会社分割の譲渡益は社長個人が受け取ることも可能です。譲渡する資産の内容や負債の程度など考慮すべき点はいくつかありますが、一度検討してみても良いですね。
6章:M&Aで売り手が得られるメリット
いくつかの課題や懸念事項を抱えるM&Aですが、実施件数は年々増加しています。
中小企業白書によると、2022年のM&A件数は4,304件にも上り、2011年の1,687件と比べると実におよそ2.5倍もの件数になっているのです。
引用元:2023年版 中小企業白書
なぜM&Aの件数はこんなに増えているのでしょうか。
後継者不在の中小企業が事業承継目的でM&Aを選択することが増えたという理由が1つ挙げられます。
M&Aを選択する社長が増えているということは、それだけの価値がM&Aにはあるのです。
ここでは、M&Aを選択した売り手が得られるメリットについてみていきましょう。
6-1 株主(オーナー)に大金が入る
M&Aのスキームに株式譲渡を選択すると、会社を売却して得た譲渡益は株主である社長自身が受け取ります。
受け取った譲渡益の使い道は自由です。引退後の生活費に充てたり、新たな事業を始めるための資金にしたりする方が多いようです。
自分への退職金みたいなイメージですね。
たしかにそうですね。自分が育て上げてきた会社の価値が、自分への退職金になるというわけですね。
そう考えると、自社の価値をなるべく高めてM&Aに臨みたくなりますね。
6-2 後継者問題を解決し会社を存続させられる
株式譲渡や合併などで会社を丸ごと第三者へ譲渡するスキームを選択すると、会社の経営権を手放すことになります。
次期社長の決定権も親会社であり経営者でもある買い手企業が握っているため、売り手側が後継者を立てる必要がなくなります。
つまりM&Aを実行すると、後継者が不在でも会社の存続が実現するのです。
後継者問題を解決できるうえに譲渡益を受け取れるなんて、後継者不在に悩む中小企業の経営者にとっては救世主のような存在じゃないですか!
6-3 経営者の重圧から解放される
M&Aで経営権を第三者へ譲渡するということは、ご自身が経営から退くことを意味しています。
今まで感じていた経営への重圧から解放されるため、心身ともにより健康的な日々を送れる期待が持てるでしょう。
実際に長年高血圧に悩んできた社長が、M&A後に正常値まで戻ったという話を聞いたことがあります。経営へのプレッシャーの大きさがうかがい知れますよね。
たしかに私も経営への不安から眠れなくなる日もあります。社長業にやりがいを感じてはいますが、このストレスから解放されることを想像すると嬉しいですね。
6-4 個人保証・連帯保証から解放される可能性がある
会社を丸ごと譲渡するスキームを選択した場合、社長個人が背負っている個人保証や連帯保証を外せる可能性が高いです。
個人保証や連帯保証は会社売却実行後に自動で解除されるわけではない
個人保証や連帯保証の解除を希望するのであれば、M&A交渉の最初期にその旨を買い手へ伝え、了承を得る必要があります。
さらに、買い手から同意を得ただけでは保証の解除はできません。
買い手と共に借入を行っている金融機関へ掛け合い、同意が得られると保証の解除が実現するのです。
連帯保証は、自分と会社が運命共同体であることの証みたいなものです。会社を手放すと同時に外せたらスッキリしますね。
6-5 従業員の雇用を維持できる
M&Aでは、従業員も会社が持つ資産の一部とみなされています。そのため従業員の雇用は買い手へと引き継がれるケースが一般的です。
株式譲渡や合併でM&Aを行った場合、従業員の雇用は自動で買い手へと引き継がれます。ただし事業譲渡の場合は、譲渡対象となっている従業員本人からの同意が必要です。
事業譲渡で転籍する従業員は売り手企業を退職し、買い手企業と新たに雇用契約を結ぶ必要がある
事業譲渡では1ステップ必要になるんですね。どちらにせよ、従業員の雇用が守られるなら安心です。
7章:M&Aで買い手が得られるメリット
M&Aでは、売り手だけでなく買い手もメリットを得られます。
買い手は自社を成長させるための経営戦略としてM&Aを選択しますが、自社のみで取り組むより企業を買収したほうが効率よく企業を成長させられる可能性が高まるのです。
7-1 コストと時間を抑えて事業の拡大ができる
新規事業への参入や販路の拡大など、1社のみで事業を拡大していくためには膨大なコストや時間がかかります。
M&Aで会社を買収することで、コストや時間をかけずに事業の拡大ができるというメリットを得られるのです。
たしかに時間とお金を節約しながら事業の拡大が実現できると、買い手にとって非常に大きなメリットになりますね。
7-2 優秀な人材を確保できる
買い手がM&Aで得られるメリットの1つとして、優秀な人材の確保が挙げられます。
事業の中には建築業や介護施設など、有資格者がいなければ業務を行えない事業もあります。
しかし新規で人材を募集しても、優秀な有資格者が採用できるとは限りません。M&Aで人材を確保した方が確実だといえるでしょう。
せっかく事業を拡大しても、人材不足の状態が続くと業績の悪化を招いてしまいます。
売り手企業の従業員に引き続き働いてもらうことは、M&A後も業務がスムーズに進められるというメリットにもつながっているのです。
まとめ
中小企業において年々増加しているM&Aですが、実施にあたっては問題点と課題を明らかにし、対策を練っておきたいものです。
なぜなら、懸念事項や問題点を事前に潰しておくことで、M&Aのメリットを最大限享受できる可能性が高められるからです。
理想のM&Aを実現するために、M&Aプロセス中やスキームごとの懸念事項を把握し、事前にどのような問題が発生するかを予測し対策を講じておきましょう。
スムーズにM&Aを進めるためには、専門のM&Aコンサルタントの助言を得ることもおすすめですよ。