M&Aの一般的なプロセスでは、基本合意契約締結後にデューデリジェンス(買収監査)を実施し、売り手企業が抱えている問題点を洗い出した上で最終的な譲渡価額を決定します。
しかし限られたデューデリジェンス期間で全ての問題を洗い出すことは困難で、M&Aの成立後に問題点が発覚するケースも少なくありません。
そこでM&Aでは表明保証条項を作成し、デューデリジェンスで開示した内容が真実かつ正確であることを表明します。
この記事では、表明保証に違反した場合にどのような事態が起こるのかを、実際の判例とともに紹介しています。
表明保証の概要や作成時のポイントなども併せて解説していますので、M&Aを検討中の方はぜひチェックしてくださいね。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:M&Aにおける表明保証とは?
売り手が買い手に対し、提示した内容に相違や虚偽がなく潜在債務や偶発債務が存在しないことを表明し、表明した内容を保証するもの
つまり売り手が買い手に対して、開示した情報が全て真実であると保証したことを文書化したものが表明保証です。
なるほど。「嘘ついてません。隠し事もありません」ってことを文書として残しておくということですね。
ちなみに、買い手から売り手へ提示される表明保証も存在します。
買い手は売り手に対し「私たちはまっとうな会社です。決して怪しい者ではありません」というニュアンスの表明保証を行います。
会社を売却した先が怪しさいっぱいのヤバい会社だったら困りますもんね!
1-1 表明保証の内容
表明保証の内容は、それぞれのケースにおいて異なります。
しかしどのケースでも盛り込まれることの多い項目は、以下の通りです。
- デューデリジェンスで開示された情報に間違いがなく、全て真実であること
- 財務諸表や会計帳簿が正確に作成されていること
- 年金・社会保険・法人税などの不払いや滞納がないこと
- 買い手に対して開示していない偶発債務が存在しないこと
- 買い手の把握していない訴訟や紛争がないこと
- 反社会的勢力またはそれに関連する者でないこと
2-2 表明保証条項は最終譲渡契約書内に盛り込まれる
表明保証条項は、最終譲渡契約書の作成時に内容の一部として盛り込まれます。
- 株式譲渡の場合…株式譲渡契約書
- 事業譲渡の場合…事業譲渡契約書
「表明保証」という書類が単独で作られるわけではないのですね。
そうなんです。表明保証条項は「最終譲渡契約の一部」として制定されるものなのです。
2章:表明保証条項作成時の注意ポイント
表明保証を作成する際には、売り手は損害賠償や訴訟リスクを下げるため、少しでも項目を減らしたいと考えます。
しかし買い手側にとっては、思わぬ経済的損失を避けるために少しでも多くの項目を盛り込みたいところです。
両者の意向が相反する中で、後々のトラブルを防ぐためにはどうすれば良いのでしょうか。売り手・買い手双方の視点から見ていきましょう。
2-1 売り手側の注意ポイント
表明保証違反での損害賠償請求を避けるために、売り手側は「虚偽のない明確な表明保証」を作成しましょう。
○明確な情報開示を行う
明確な情報開示が行われていたかどうかは、表明保証違反を裁判で争う際に重要なポイントとなります。
表明保証違反で裁判になるケースが増えています。訴訟を起こされた際に不利にならないよう、ハッキリと分かりやすい情報開示を行いましょう。
○曖昧な言い回しは避ける
表明保証の条項を作成する際には、複数の意味に捉えられるような言い回しを避けましょう。
裁判の際に本来意図していた意味とは異なった解釈をされて、損害賠償の支払いが必要になってしまう可能性があります。
日本人は婉曲で曖昧な表現をしがちですが、表明保証に関してはNGです。ズバッと言い切っちゃってくださいね。
苦手な人は専門家にお任せしたほうが安心ですね。
そうですね。逆に専門家が作成した書類でも、必ず社長自身が目を通して確認するようにしましょう。
○虚偽申告はしない
人として当たり前のことですが、虚偽申告を行ってはいけません。
M&Aの交渉を進めていくうえで、負債や弱みなど売り手にとって不利な情報も開示しなければいけないことも出てきます。
しかし不利な情報を隠したり嘘の情報を提示したりすると表明保証違反となり、多額の損害賠償を支払わなくてはいけなくなる可能性が出てきます。
思わずついてしまった1つの嘘が、後の大損害に繋がる可能性があります。嘘は絶対にやめましょう。
2-2 買い手側の注意ポイント
最終譲渡契約の締結後に表明保証違反が発覚した場合、自社に大きな損害が発生して損害賠償請求を行うケースが考えられます。
裁判には多くの時間や弁護士費用などがかかってしまうため、表明保証違反が出ないように対策を行いましょう。
○デューデリジェンスを徹底する
買い手側は、とにかく徹底したデューデリジェンスを行うことが重要です。
なぜなら、徹底的にデューデリジェンスを行わないと、売り手側が知られたくないと思っているリスクを見落としてしまう可能性があるからです。
時間や費用は少々かさむかもしれませんが、後々のトラブルを避けるためにもしっかりとデューデリジェンスを実施しましょう。
○サンドバッギング条項を記載する
最終譲渡契約の締結前に買い手が売り手の表明保証違反に気付いていた場合でも、後に経済的損失が発生した場合などに損害賠償請求ができることを保証する条項
つまり、デューデリジェンスの際に発覚した問題が解決されないまま譲渡契約を締結しても、買い手が後から損害賠償請求ができるということです。
買い手を経済的損失というリスクから守るための条項といえますね。
3章:表明保証違反があった場合はどうなる?
表明保証は「開示した内容に嘘はありません」と宣言するものです。
そのため開示した情報に虚偽や不正確な点が見つかると、表明保証違反となりその責任を追及されることになるでしょう。
具体的には、M&A契約の解除や損害賠償請求が行われる可能性がありますよ。
3-1 クロージングを行わない
表明保証条項に違反があった場合には、クロージングを行わずにM&A契約そのものが破棄される可能性があります。
しかしこれまでのM&A交渉で既に多くの時間とコストを費やしているため、経済的には有効な手段といえません。
両者の信頼関係が著しく損なわれてしまうような重大な違反があったケースでは、クロージングを行わない選択をすることもありますよ。
3-2 クロージング後に補償が請求される
表明保証条項に明らかな違反があった場合には、買い手から売り手に対して損害賠償請求または補償請求が行われるケースがあります。
損害賠償請求や補償請求は、表明保証条項違反が故意か過失かは問いません。
損害賠償請求と補償請求の違いはなんですか?
賠償は、違法な行為によって受けた損害を埋め合わせるものです。それに対して補償は、法には違反していない行為によって発生した損害の埋め合わせを行うものですよ。
4章:表明保証違反による裁判事例
過去には、実際にM&Aの表明保証条項違反で損害賠償を求めた裁判の事例が存在します。
表明保証条項が効果を持っていると証明されている裁判の事例もご紹介します。
4-1 東京地判平成18年1月17日
- M&Aスキーム…株式譲渡
買主が複数の売主(株主)から対象会社A社の株式を100%買収した
訴訟の内容
A社が赤字決算を回避するために、和解債権についての元本充当の弁済金を利息に充当したものと扱った。
また、当該元本についての貸倒引当金の計上がされていなかった(当該期の決算書への注記もなし)。
買主は株式譲渡実行直後にその事実を把握。表明保証条項違反であるとして損害賠償を請求した。
つまりどういうことかというと、
- 本当は赤字決算だった
- 赤字決算を隠すために帳簿を改ざんした
- M&Aが完了した直後に帳簿の改ざんが見つかった
というトラブルが発覚したのです。買主は売主を相手取り、損害賠償を請求する訴えを起こしました。
ただし裁判所は、買主が買収前に表明保証違反を見つけられなかったり見落としたりした際に、悪意や重大な過失があった場合は売主が表明保証責任を免れる余地があるとしています。
つまり「買主が対象会社A社をしっかりと調べていない事が判明したら、売主は損害賠償を支払わなくてもよい」というケースがあるということです。
裁判所は売主が和解債権処理を「故意に秘匿した」ことを重く見て、売主に責任があることを認めた。
つまり、買主に重大な過失はないと認められたのです。「赤字決算を故意に隠していた売り手が悪い」という結果になりました。
4-2 大阪地判平成23年7月25日
- M&Aスキーム…株式譲渡
平成17年9月に買主が5名の売主(株主)から対象会社B社の株式を100%買収した。表明保証条項には、免責条項が規定されていた
訴訟の内容
平成16年12月期にB社は、信託契約の解除にともなう収益受益権の消滅により経済的利益を受けていたにも関わらず、益金算入していなかった。
平成19年4月の税務調査で平成16年12月期の申告漏れを指摘されたため、平成19年10月に修正申告を行う。
これが表明保証違反であるとして買主は売主に対して損害の補償請求を行う。これに対して売主らが免責規定該当を主張した。
つまりどういうことかというと、
- 平成16年に得た利益を利益として計上していなかった
- 株式譲渡後の平成19年に税務署から申告漏れを指摘され、修正申告を行った
- 修正申告により追加で税金の支払いが必要になったため、買主は経済的損失を被った
- 買主が売主に対して損害賠償請求を行ったところ、売主は免責事項にあたるとして争う姿勢をみせた
将来修正申告が必要になるかもしれないリスクはB社の記録に残っており、デューデリジェンスの際に買主側の弁護士にも提供されていた。
そのため裁判所は「情報の開示は十分だった」と判断。買主による損害賠償請求は否定された。
つまり、買主は売主から開示した情報をしっかりと分析していれば、修正申告が必要になるかもしれない未来が予測できたと裁判所が認めたのです。
デューデリジェンスの重要性がよく分かる判例でもありますね。
4-3 東京地判令和3年6月18日
- M&Aスキーム…株式譲渡
買主が売主から対象会社C社の株式を100%買収
「売主及び買主は、買主及び買主のグループ会社の行った対象会社に関するデューデリジェンスは、売主保証の有効性並びに売主保証違反に関する補償その他の規定の効力に、何らの影響も与えないことを確認する。」というサンドバッキング条項の規定あり
訴訟の内容
C社は接骨院用レセプト発行システム・鍼灸マッサージ管理システム製品を制作販売しているが、そのシステムを顧客がPCにインストールして使用するにはD社のクライアント運用パッケージ(「ランタイム」という)を購入してインストールする必要がある。
しかしC社はD社のランタイムCD-Rを複製して使用し、顧客にランタイムのライセンスを購入させることなく自社の製品を販売していた。
これにより買主が損害を受けたとして、補償を請求する訴えを起こした。
サンドバッキング条項があるから、おたくの補償債務は免れられませんよ!
サンドバッキング条項はデューデリジェンスが売主保証の有効性や売主保証違反に関する補償等に影響を与えないことを規定しているだけ。だから今回のケースはお互いの言い分を総合的に考慮して決めるべき!
裁判所はサンドバッキング条項を「買主はデューデリジェンスにより被告(売主)が本件表明保証条項に違反していることを知り又は知り得たとしても、そのことにより買主に生じた損害等について売主は補償債務を免れない」旨を定めたものと解釈。
また売主の代表者が著作権侵害を放置し、従業員への口止めや買主に対して従業員との接触を避けるよう求めていた事実を重視。買主に重大な過失はなかったとした。
C社は故意に著作権を侵害し、さらにはそれを隠ぺいしようとしていたのですね…。
そうですね。明らかに売主に過失があるように見えますが、表明保証条項内に制定されたサンドバッキング条項の解釈をなんとか工夫して補償を免れる道を探っています。
なるほど。こういう事態を避けるためにも、表明保証条項では曖昧な言い回しを避けるべきなのですね。
5章:表明保証保険への加入で安心が手に入る
たとえ故意ではなかったとしても、M&A後に表明保証違反が発覚して損害が発生するリスクを考えると、M&A取引そのものが怖くなってしまいますね…。
そうですよね。少しでもリスクを減らすために、表明保証保険へ加入するという方法がありますよ。
5-1 表明保証保険とは
表明保証保険とは、表明保証違反によって生じた損害を保険会社が補償する保険商品です。
- 売主・買主ともに損害のリスクを軽減できる
- M&A交渉がスムーズに進みやすい
- お互いに良好な関係を維持できる など
表明保証保険には、売主が加入する「売主用表明保証保険」と買主が加入する「買主用表明保証保険」の2種類があります。
保険料の相場は、支払限度額の2~4%程度に設定されていることが多いようです。
ただし一般的な表明保証保険では最低保険料が設定されていることが多いため、費用対効果を考慮した上で加入を検討してください。
近年では小規模M&Aに対応するため、最低保険料が数十万円程度に設定されている商品も販売されています。
中小企業のM&Aでも表明保証保険が利用しやすくなったということですね。
ただし、以下のケースでは表明保証保険の補償外となることが多いため注意が必要です。
- 買主が表明保証違反について認識していた場合
- デューデリジェンスが不十分だと認められた場合
- 免責事由に該当する場合
5-2 売主用表明保証保険
売主用表明保証保険は、売主が加入する表明保証保険です。
表明保証違反が発覚した際に、買主へ支払う補償金の全部または一部を保険会社から受け取ることができます。
売主用表明保証保険を利用する手順は以下の通りです。
- M&A契約に基づき買主から売主へ補償金の請求が行われる
- 補償金額が確定する
- 売主が保険会社に保険金を請求し、保険金を受け取る
- 売主が買主に補償金を支払う
ただし、場合によっては保険会社から保険金が支払われる前に、売主が買主に補償金を支払う必要が出てくるため注意が必要です。
5-3 買主用表明保証保険
買主用表明保証保険は、買主が加入する表明保証保険です。
売主の表明保証違反による損害が発生した際に、その損害の全部または一部を保険会社から保険金として受け取ります。
買主用表明保証保険は、保険の補償範囲をM&A契約の補償範囲を超えて設定することができるという特徴を持っています。
買主用表明保証保険は、買主が保険会社に保険金を請求する手続きのみで完了するため、売主用表明保証保険と比べて手続きが簡便です。
売主が故意に表明保証違反をしたり詐欺的行為をはたらいたりしていた場合は、保険会社から売主へ求償される
まとめ
M&Aにおける表明保証とは、売り手が買い手に対し提示した内容に相違や虚偽がなく潜在債務や偶発債務が存在しないことを表明し、表明した内容を保証するものです。
つまり「開示した情報は全て真実です。開示した内容以外の債務はありません。私たちは嘘をついていません。」ということを文書化したものです。
表明保証条項に違反が認められた場合は、クロージングを行わずM&A契約が破棄されるか、クロージング後に買い手から補償請求が行われる可能性があります。
損害賠償の支払いを求めて裁判になるケースもみられるなど、表明保証違反は売り手・買い手双方に大きな影響を与えることになるでしょう。
表明保証条項違反をなくすため、また万が一裁判になったときに不利にならないためには、以下の点に気を付けましょう。
売り手側の注意点
- 明確に情報の開示を行う
- 虚偽の申告はしない
- 表明保証条項の制定に曖昧な言い回しを使用しない
買い手側の注意点
- デューデリジェンスをしっかりと行う
- サンドバッキング条項を制定しておく
表明保証違反は、売り手自身が気付いていないところでも起きうる可能性を秘めています。
賠償や補償のリスクを少しでも減らすためには、表明保証保険への加入が効果的です。
ただし表明保証保険には最低保険料が設定されていることが多いため、費用対効果を考慮した上で加入を検討してください。
表明保証に関しては、専門家の助言が欠かせません。しっかりと弁護士にお金を支払って、表明保証を含む株式譲渡契約書のレビューをしてもらいましょう。