中小企業を経営している社長の多くは、銀行から融資を受ける際に個人資産を担保(物的担保)に入れていたり、個人保証(経営者保証)を負っていたりします。
これらがネックとなり、後継者に会社を譲ったり会社売却に踏み切ったりすることに二の足を踏んでいる社長も多いのではないでしょうか。
しかし実は、会社売却は個人保証や物的担保を外してもらう手段の1つとして有用なのです。
そこでこの記事では、M&Aで会社売却を行う際に社長の個人保証や物的担保を外す方法について解説しています。
会社を売却して豊かなリタイアを目指す人も、新たな事業を立ち上げたいと考えている人も、この記事を参考に個人保証からの解放を目指してください。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:社長個人の物的担保や個人保証を外す銀行への手続き
M&Aによる会社売却で社長の物的担保や個人保証を外すためには、名義を新株主(買い手企業)に書き換える手続きが必要です。
ただし、会社売却が完了しても自動的に社長個人の物的担保や個人保証が外れるわけではありません。
さらに名義を書き換える手続きは、会社売却と同時にはできません。なぜなら、個人保証が設定される人物は企業の代表者であるためです。
そのため会社売却が完了して代表者が買い手に移ったことが証明されなければ、個人保証の名義を書き換えられないのです。
一般的な手順としてはまずM&Aの交渉段階で、買い手に連帯保証人となってもらう旨を合意してもらいます。
その上で銀行に対して保証の解除を認める旨を了承してもらって、物的担保や個人保証を外す手続きが可能になるのです。
一般的に売り手社長が負っている物的担保や個人保証は、買い手企業が解除のための交渉を銀行と行い、売り手社長個人から買い手企業へと変更します。
また、買い手企業が銀行からの信用力の高い大手上場企業であったりする場合は、保証自体を付けないというケースも存在します。
2章:社長個人の物的担保や個人保証を外したいなら株式譲渡での会社売却を
M&Aの会社売却で社長個人が抱える物的担保や個人保証を外したいのであれば、譲渡スキームの選択が重要です。
なぜなら、事業譲渡でM&Aを実施する場合は事業のみを売買することになり、負債や借入などは引き継がれないことが一般的だからです。
したがってM&Aで社長個人の物的担保や個人保証を外したいと考えているのであれば、株式譲渡での売却を選択してください。
株式譲渡によるM&Aの場合、会社の経営権が丸ごと買い手側に移動します。
そのため借入などの負債も買い手側にそのまま引き継がれ、借入に対する社長個人の物的担保や個人保証も外せる可能性が高まるのです。
3章:社長個人の物的担保や個人保証を外したいときの注意点
社長個人の物的担保や個人保証は、M&A契約が成立し経営権が買い手側に移っても自動で外れるわけではありません。
あくまでも社長個人と銀行との契約のため、銀行側から保証の解除を認められなければ外せないのです。
ここでは、社長個人の物的担保や個人保証を外したいときの注意点を解説しています。
スムーズなM&A実現のためにも、抑えておきたいポイントです。
3-1 買い手企業側が物的担保や個人保証を外す約束はできない
物的担保や個人保証は、銀行と売り手社長個人が結んでいる契約です。そのため物的担保や個人保証を外す決裁権を持っているのは銀行です。
たとえ売り手社長と買い手側の交渉で物的担保や個人保証を外す方向で話がまとまったとしても、銀行の決済が下りなければ外せません。
買い手が引き継ぐと決まっている状態であれば、個人保証を外せるケースが多くを占めていますが、一部例外も存在します。
物的担保や個人保証を外せない事例としては、会社売却後も売り手社長が代表取締役として会社に残るケースが挙げられます。
なぜなら、「株主が変わったとしても代表者が変わらないのであれば、個人保証はそのままで良いのではないか」と銀行が判断するためです。
さらに「買い手企業の本社がある都市に売り手が借入を行っている銀行の支店がないから」という理由で個人保証を解除できなかったケースも実際にありました。
このように、銀行の決済が下りず物的担保や個人保証を外せないケースも実在します。
対処法としては、株式譲渡と同時に買い手企業に借入金を一括返済してもらうことで解決が可能です。
3-2 物的担保や個人保証を外すには銀行に相談するタイミングも重要
物的担保や個人保証を外すためには、M&Aの進行と並行して銀行にも相談を始めることが大切です。
具体的には、基本合意や譲渡契約を締結する段階から、売り手側から銀行に保証解除の交渉を内々に行うと良いでしょう。
そのためには買い手選びの段階から、社長個人の物的担保や個人保証を外す旨を条件として提示しておきましょう。
条件の後出しは買い手側とその後の信頼関係が築きにくくなるだけでなく、銀行との交渉も難航する可能性があるためです。
M&Aが成立した後に改めて銀行へアポを取り、買い手側の担当者も同席の上で保証を外す交渉を行っていきます。
4章:経営者保証ガイドラインの活用で個人保証を外せる可能性も
平成26(2014)年2月から運用が開始された「経営者保証に関するガイドライン」を活用すれば、既存の融資でも個人保証を解除できる可能性があります。
経営者保証ガイドラインを適用するためには、個人の経営している中小企業が一定の経営状況を達成している必要があります。
既存の契約を見直すために必要な条件は、以下の3点を満たしており、将来も維持できるように努めることです。
(1)法人と経営者の関係の明確な区分・分離
融資を受けたい企業は、役員報酬・賞与・配当、オーナーへの貸付など、法人と経営者の間の資金のやりとりを、「社会通念上適切な範囲」を超えないようにする体制を整備し、適切な運用を図る。
そうした体制の整備・運用状況について、公認会計士・税理士などの外部専門家による検証を行い、その結果を債権者に適切に開示することが望ましい。
(2)財務基盤の強化
融資を受けたい企業は、財務状況や業績の改善を通じた返済能力の向上に取り組み、信用力を強化する。
(3)経営の透明性
融資を受けたい企業は、自社の財務状況を正確に把握し、金融機関などからの情報開示要請に応じて、資産負債の状況や事業計画、業績見通し及びその進捗状況などの情報を正確かつ丁寧に説明することで、経営の透明性を確保する。
情報を開示した後に、事業計画・業績見通し等に変動が起きた場合は、自発的に金融機関に報告するなど、適時適切な情報開示に努める。
情報開示は、公認会計士・税理士など外部専門家による検証結果と合わせた開示が望ましい。
引用元:政府広報オンライン
個人保証を解除するために経営者保証ガイドラインを利用するためには、まず相談が必要です。
以下のいずれかに連絡し、相談をしてください。
- 中小企業基盤整備機構の地域本部
- 最寄りの商工会
- 商工会議所
相談窓口を通じて、(独)中小企業基盤整備機構の「専門家派遣制度」を利用することができます。
専門家派遣制度は無料で最大年3回まで利用できる制度です。
弁護士・会計士・税理士などの専門家を派遣して経営保証ガイドラインを利用できる経営状態かどうかを評価したり、経営保証ガイドラインを利用できる経営状態にするために必要な改善策の提案を受けられます。
まとめ
社長個人の物的担保や個人保証は、M&Aで会社売却を行う決断のネックになっていることが多いものの1つです。
会社をまるごと譲渡する株式譲渡なら社長の個人保証を解除できる可能性が高いため、個人保証を解除したい社長は株式譲渡による会社売却がおすすめです。
ただし株式譲渡の場合でも個人保証を解除できないケースが存在します。
個人保証を解除できる確率を高めるためには、買い手企業や銀行としっかり交渉し、M&A会社の担当者ともよく相談してください。
また、経営保証ガイドラインを活用するという方法も存在します。
自社の経営状態が経営保証ガイドラインの適用条件に当てはまっているかどうか、一度専門家に確認してもらっても良いでしょう。