M&Aは、近年深刻化している中小企業の後継者不足問題を解決するための手段として広く知られるようになってきました。
しかし、まだまだM&Aについて分からないことが多い人もいるのではないでしょうか。
後継者がいなくても会社を存続させられる手段だとは聞きましたが、それ以上のことは知りません。
M&Aについてよく知らないまま実行しようとすると、準備不足で思ったような結果が得られない可能性が出てきます。
また、事業承継の手段としてM&Aを知らないままでいると、将来的に会社を廃業せざるを得ない状況に追い込まれてしまうかもしれません。
そこでこの記事では、M&Aについて目的・メリット・スキーム(手法)・流れなどを解説します。
- M&Aの概要について知りたい
- 後継者の不在に悩んでいる
- M&Aの検討を始めようかと思っている
上記のようなお悩みを抱えている経営者様は、この記事でM&Aについて理解を深めてくださいね。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:M&Aとは
M&Aとは「Mergers and Acquisitions」の略で、「合併と買収」という意味です。「マージャーズ・アンド・アクイジションズ」と読みます。
合併とは具体的に、2つ以上の会社が1つになることを指しています。合併の際には、合併する側から合併される側へ対価が支払われます。
買収はその字からも想像できるように、ある企業が他の企業を買うことを指します。
ざっくりいうとM&Aとは、「対価を支払って企業の経営権を取得する行為」を指しています。
M&Aを広義的に捉えると、事業の多角化などを目的とした資本提携(資本参加、合弁会社設立など)を含む場合もあります。
2章:M&Aの目的
M&Aは、明確な目的を持って実施されるケースがほとんどです。
ただし会社や事業を売却する側(これ以降「売り手」と表現します)と、買収する側・受け入れる側(これ以降「買い手」と表現します)ではM&Aへの目的が異なります。
ここでは、売り手・買い手それぞれがM&Aを実行する目的についてみていきましょう。
「買い手はなぜ会社を買収するのか」という目的が見えると、「売り手はどのような会社に自社を売却したら良いのか」ということが見えてきます。
なるほど。私はM&Aで会社を手放すことを検討しているのですが、買い手の目的を知ることも有用なのですね。
2-1 売り手側の目的
会社や事業を手放そうとしている売り手がM&Aで達成したいと考えている目的は、主に以下の4点です。
- 後継者問題を解決するため
- 創業者利益を獲得するため
- 経営基盤を強化するため
- 会社が行っている複数の事業を整理するため
上記4点のうち1つだけを目的としている場合もありますし、複数の目的を達成するためにM&Aを選択しているケースもみられます。
M&Aに求めるものは会社によって様々だということですね。
○後継者問題の解決
中小企業のM&Aで最も多い理由の1つが、後継者問題の解決です。
少子高齢化の進行や会社を継ぐ意思のある人材の不在など、後継者不足に悩む中小企業は増加の一途をたどっています。
後継者問題が解決できないと会社は廃業の選択を余儀なくされてしまい、従業員の雇用も守れません。
しかしM&Aで会社を第三者へ譲渡することで、会社を存続させ従業員の雇用も守れるのです。
○売却益の獲得
M&Aは、その対価を目的として実行されることもあります。
- 引退後の生活費を確保するため
- 新しい事業を始める資金に充てるため
- メイン事業へ集中して投資するため
上記のような目的を持ってM&Aを実行するケースは非常に多くみられます。
売却益の獲得は、他の目的とセットになっていることが多い
例えば「会社の後継者問題を解決して、自身は売却益を得て引退したい」「不要な事業を整理して、メイン事業を発展させるための資金を得たい」といったケースが該当します。
○経営基盤の強化
中小企業の場合は特に、自社のみでは事業の発展が難しいケースもあるでしょう。そのような理由から、経営基盤の強化を目的としてM&Aが行われる場合もあります。
- 買い手が持つ技術やノウハウが活用できるようになる
- 買い手の資本力を活かすことで金融機関からの借入がしやすくなる
- 買い手の資本力を活かすことで採用活動が強化できるようになる
なるほど。買い手が持つ力を最大限利用して、自社を発展させるという目的ですね。
○事業の整理
M&Aでは、会社や事業の一部を切り離して譲渡することも可能です。そのため事業の整理を目的として行われるケースもあるのです。
事業を幅広く展開すると、経営資源の配分が難しくなったり、それが原因で業績が伸び悩んだりする場合があります。
採算が取れていない事業をM&Aで切り離すことで、メイン事業に集中できるようになるのです。
2-2 買い手側の目的
売り手側に目的があるのと同様に、買い手側も目的を持ってM&Aに臨みます。
ただし売り手側の目的とは違い、買い手側の目的は大きな意味で1つに集約されます。
買い手は自社を成長・発展させるためにM&Aを実行する
もう少し詳しくみていくと、大きく以下の3点に分類が可能です。
- 事業拡大のため
- 新規事業へ参入するため
- シナジー効果を獲得するため
○事業の拡大
買い手企業の力だけで事業を拡大していくためには、ある程度の時間とコストが必要です。
M&Aで同業種の会社を買収すると、買収した会社が保有しているシェアをそのまま獲得できるため、時間をかけずに事業の拡大が実現します。
例えば関東の企業が関西にも進出したいと考えた場合、ゼロから関西支社を作り上げるより関西の同業者を買収したほうが時間もコストも抑えられる可能性があるんですよ。
そのため、事業の拡大を目的としたM&Aは多く行われています。
○新規事業への参入
事業の拡大と同様に、新規事業への参入を検討している場合にもしばしばM&Aが利用されます。
参入したい事業を行っている会社を買収することで、買収後すぐに事業を始められる
たしかにノウハウのない状態から新規事業へ参入するのは大変ですよね。莫大なコストと時間が必要になりそうです。
そうですね。既にその事業で成功している企業を買収したほうが効率的だといえますね。
○シナジー効果の獲得
M&Aによる2社の統合で「1+1」以上の効果を得ること
M&Aにより設備や販路を共有したり、大量仕入れによるコスト削減が実現したりして1+1=2以上の利益をもたらすことを、シナジー効果と呼んでいます。
事業の成長や発展のために、シナジー効果の獲得を目的とするM&Aは多く存在します。
3章:M&Aのメリット
全てのM&Aは、売り手・買い手の双方がメリットを得るために実行されるといって良いでしょう。
メリット自体をM&Aの目的とすることもあれば、他に目的がありM&Aを実施したら、メリットが付いてきたというケースもあります。
ここでは、M&Aで得られるメリットについて、売り手・買い手双方の視点からみていきましょう。
3-1 売り手側のメリット
売り手側がM&Aで得られるメリットには、主に以下の5点が挙げられます。
- 後継者問題を解決できる
- 従業員の雇用を守れる
- 売却益を得てリタイアできる
- 社長の個人保証を解除できる可能性がある
- 経営の安定化を図れる
全てのメリットを享受できるケースもあれば、使用するM&Aスキーム(手法)によっては得られないメリットも出てくる点に留意しておきましょう。
また売り手側のメリットは、会社が得られるものと売り手社長個人が得られるものに分けられます。
中小企業のM&Aでは、社長個人がメリットを得るために実行されることも多いんですよ、
○後継者問題が解決できる
後継者問題の解決はM&Aの目的として実行されるケースも多いですが、M&Aで会社を売却した際に得られるメリットとしても大きな存在感を放っています。
特に中小企業のM&Aでは、後継者問題を解決したくてM&Aが選択される場合が多いですよ。
M&Aで会社を譲渡することで、以後の経営は買い手によって行われます。そのため、社内に後継者が不在の状態でも、会社を存続させられるメリットが得られるのです。
○従業員の雇用を守れる
M&Aでは、どのスキームでも基本的に従業員の雇用が引き継がれます。
M&Aを理由としたリストラや解雇は会社法第750条で禁止されているため、従業員自らが退職しない限りは雇用が継続される仕組みになっているのです。
また、後継者が見つからないまま廃業になると、従業員は全員解雇になります。
後継者問題の解決が目的でM&Aを実行すると、従業員の雇用を守れるというメリットが同時に得られるのです。
○売却益を得てリタイアできる
会社を丸ごと買い手へ譲渡するM&Aスキームを選ぶと、社長個人がM&Aによる売却益を得た上でのリタイアが可能です。
つまり、M&Aの売却益をリタイア後の生活に使えるというわけです。
後継者問題を解決した上に売却益を得てリタイアできるなんて、理想的です!
後継者不足に悩んでいる社長には、ぜひM&Aをおすすめしたいですね。
とはいえ社長が受け取った売却益の使い道は自由です。必ずしもリタイア後の生活費に充てる必要はなく、新たな事業への元手にする人もいます。
○社長の個人保証を解除できる可能性がある
会社の経営権を譲渡するM&Aスキームを選択すると、買い手との交渉次第では社長が背負っている個人保証や担保を解除できる可能性があります。
個人保証の存在で、会社と自分は運命共同体だという思いが強くあります。「会社に何かあったら自分も終わる」というプレッシャーから解放されるのは嬉しいですね。
○経営の安定化を図れる
中小企業の経営においては、人材不足や資金不足に悩まされることもあるでしょう。
M&Aで会社を売却すると、人材・ノウハウ・資本などの面で買い手側の協力が得られるようになります。
これまで悩まされていた人材や資金の不足がM&Aによって解決し、経営の安定化を図ることができるのです。
人材不足や売上の低迷など何かしらの経営課題を抱えている場合は、解決策の1つとしてM&Aを積極的に検討してみても良いでしょう。
3-2 買い手側のメリット
M&Aで買い手側が得られるメリットは、買い手企業の利益に直結するものになっています。
買い手がどんなメリットを求めて企業を買収するかを知ることで、「どんな要素を持っていたら売却しやすい会社になるのか」が分かります。
○コストと時間を抑えて事業の拡大ができる
新規事業への参入や販路の拡大など、1社のみで事業を拡大していくためには膨大なコストや時間がかかります。
M&Aで会社を買収することで、コストや時間をかけずに事業の拡大ができるというメリットを得られるのです。
コストと時間を抑えた事業拡大を目的として、M&Aでの企業買収を行っている買い手も多いんですよ。
M&Aで企業を買収する最大のメリットであり目的でもあるというわけですね。
その通りです。ということは、買い手が求めている販路やノウハウなどを持っていると、売却が有利になりますよね。
なるほど。逆にいうと、自社の得意分野を求めている買い手を探すことが、M&A成功につながりそうですね。
○優秀な人材を確保できる
売り手企業が持っている優秀な人材を確保できる点も、買い手にとっては大きなメリットになります。
建築業や介護施設など、有資格者がいなければ業務を行えない事業もありますからね。
有資格者を新規採用することもできますが、十分な人数を採用できるか分からないうえに、経験やスキルを兼ね備えている人材が見つかるとは限りません。
売り手企業の従業員に引き続き働いてもらうことは、M&A後も業務がスムーズに進められるというメリットにもつながっているのです。
4章:M&Aのデメリット
売り手・買い手ともに多くのメリットをもたらしてくれるM&Aではありますが、残念ながらデメリットもいくつか存在します。
しかし、メリットがデメリットを上回ることが多いのもM&Aの特徴です。
またM&Aのデメリットを事前に把握しておけば、なるべくそれを避けられるように対策を練ることもできます。
ここでは、売り手・買い手別にM&Aのデメリットについてみていきましょう。
売り手・買い手と分けて解説していますが、売り手・買い手共にデメリットになりうる項目も多いです。自社の立場に関わらず、全ての項目をチェックしておいてくださいね。
4-1 売り手側のデメリット
売り手側、つまり会社を売却しようとしている側がM&Aでデメリットを感じる点は、主に以下の3点です。
- 売却先が見つからない可能性がある
- 従業員の雇用条件が悪化する可能性がある
- 取引先が反発し契約が打ち切りになる可能性がある
上記3点のうち、3に関しては買い手にとってもデメリットになる可能性があります。
○売却先が見つからない可能性がある
会社を売却したくてM&Aを決意しても、そもそも売却先が見つからない可能性があります。
なぜなら、買収してもメリットを得られない会社であると買い手が判断すれば、買収対象から外れてしまうからです。
そもそも売れない可能性があるということですね…。正直考えてもいませんでした。売れる会社になるためには、どうしたら良いのでしょうか。
他社にはない強みを持っている会社は売れやすい傾向がありますよ。他社にはない強みの作り方は、下記の記事を参考にしてみてくださいね。
○従業員の雇用条件が悪化する可能性がある
M&A後、売り手の従業員は買い手の人事制度に則るかたちになります。
中小企業のM&Aでは売り手より買い手の方が規模の大きな会社であることが多いため、雇用条件が良くなるケースの方が多いといわれています。
しかし、悪化する可能性がゼロであるとはいえません。
過去には実際に、M&A後に遠方の支店へ異動を命じられるという事例がありました。
従業員の雇用条件については、M&Aの最終契約書内に「向こう○年は条件を悪化させない」という条項を設けるケースも多くみられます。
買い手探しの段階で上記の条件を理解してくれる会社を探すことも、M&A成功のポイントといえるでしょう。
○取引先が反発し契約が打ち切りになる可能性がある
M&Aによって取引先との契約条件に変更が発生したり、担当者が変更になったりした場合、取引先から反発される場合があります。
それまで長期に渡って良い関係を築き上げてきた取引先から、契約の打ち切りを言い渡される可能性もあるため注意が必要です。
特に中小企業の場合は、社長個人と取引先との信頼関係で取引が成り立っていた部分もあるでしょう。
今まではあの社長だったから他より良い条件で商品を卸していたんだ。社長が交代するのなら、他社と同じ条件にさせてもらいます。
上記のような事態に陥らないためには、取引先への説明を慎重に実施する必要があります。
M&A後には社長が新しい担当者を伴って挨拶へ行くなど、良い関係も引き継いでいけるように努めましょう。
4-2 買い手側のデメリット
買い手側のデメリットとしては、主に以下の3点が挙げられます。
- 優秀な人材が流出するリスクがある
- 2社の統合が難航する場合がある
- M&Aに期待していた効果を得られない場合がある
1と2に関しては、売り手側の従業員がデメリットに感じる場合もあるため、決して買い手だけの問題ではありません。売り手もデメリットの解消に尽力しましょう。
○優秀な人材が流出するリスクがある
M&Aで最も避けたいリスクの1つに、従業員の流出が挙げられます。
従業員の流出は特にM&A前後に集中して起こりやすく、主な原因は以下の通りです。
M&A実行前に従業員が流出する原因
- 自身や会社の将来に不安を感じたため
- 社長への不信感が募ったため
M&A実行直後に従業員が流出する原因
- 新しい企業風土や経営方針になじめなかったため
- 新しい人間関係に適応できなかったため
- 雇用条件が悪化したため
優秀な人材が流出してしまうと、その後の事業運営に支障をきたす恐れがあります。
M&Aの説明や引き継ぎは丁寧に行い、従業員に不安を抱かせないためのケアが必要です。
○2社の統合が難航する場合がある
M&Aは、取引が成立して終わるものではありません。新しい体制を確立し、M&Aに求めていた効果が得られて初めて成功したといえるのです。
そのためには2社の統合作業が重要になります。
しかし間違った統合作業の進め方をしていたり、ビジョンが明確になっていなかったりなどの理由から、統合のプロセスが難航する場合があります。
統合作業が難航すればするほどM&Aの効果が思ったように得られず、投資金額の回収が計画より遅れてしまう可能性が高いのです。
2社の統合をスムーズに進めるためには、基本合意契約を締結した段階からその先にある統合作業を見据えた上で統合計画を作成しておくことが重要です。
企業文化が似ている企業を買収すると、統合作業をスムーズに進めやすい
売り手としても、企業文化が似ている買い手を探すことはおすすめです。
○M&Aに期待していた効果を得られない場合がある
買い手は新規事業への参入や事業の拡大など、自社の収益を増やすためにM&Aを選択します。
しかしM&Aを実行したからといって、必ずしも収益拡大を実現できるとは限りません。
- M&A後の簿外債務の発覚
- 人材流出による業務停滞
- M&A後に行う統合作業の難航
- 買収後の市場の変化
上記の原因は、売り手・買い手双方の努力で未然に防げるものもあります。
M&Aで収益拡大へ効果を十分に発揮するためには、以下のポイントに留意したM&Aを行いましょう。
- 財務デューデリジェンスをしっかりと行い簿外債務の有無を洗い出しておく
- 譲渡対象となっている従業員のケアを十分に行う
- 明確なビジョンを持って計画的に2社の統合作業を実行する
5章:M&Aのスキーム(手法)
M&Aのスキームは、買収・合併・分割の3種類に分けられます。この3種類はさらに、株式譲渡や事業譲渡などに細かく分類されているのです。
広い意味でM&Aを捉えた場合は合弁会社の設立や業務提携などを含めることもあります。
ここでは、中小企業のM&Aでよく使用される買収・合併・分割の各スキームについて解説します。
M&Aに求める条件や目的などから、自社にとって最適なスキームを選択しましょう。
5-1 買収
買収とはその漢字が意味するように、買い手企業が売り手の会社を買い取るスキームです。
新規事業への参入や、経営および業務の効率化を目的として実行されるスキームとして知られています。
買収には会社を1社丸ごと買収するスキームや、特定の事業のみを買収するスキームなどが存在するため、売り手・買い手双方の目的に合わせて選択されます。
○株式譲渡
株式譲渡とは、譲渡対象企業のオーナーが、自身が所有する株式を第三者へ譲り渡すことで経営権を移転させるスキームです。
中小企業では、社長が100%の株式を保有しているケースが多数です。この100%の株式を買い手へ売却して、経営権を譲渡するのです。
我が社も全ての株式を私が保有しています。といっても株券を発行しているわけではないので、株式を売却するといってもイメージが湧きません…。
たしかにイメージしづらいですよね。株式譲渡=会社の経営権を譲渡するM&Aスキームと覚えておいてOKですよ。
株式譲渡の場合、売り手=株主
自身の所有する株式を売却するスキームであるため、株式譲渡の売却益は株主個人が受け取ります。
また、会社を丸ごと第三者へ譲渡するため後継者の問題も解決できるほか、従業員の雇用も自動で継続されます。
株式譲渡は、後継者問題を解決してリタイアを目指している社長におすすめできるスキームの1つですよ。
○事業譲渡
事業譲渡とは、会社が行っている事業の一部または全部を切り離して第三者へ譲渡するM&Aスキームです。
譲渡する対象を細かく指定できるため、売り手は切り離したい事業のみを手放せるメリットがあります。
一方の買い手としても、譲渡対象が限定されているため、無駄のない買収が実現可能です。
事業譲渡は株式譲渡とは異なり、売り手は事業を売却しようとしている会社になります。
売却益は売り手企業が受け取ることになるため、不要事業を切り離して会社の発展を目指す目的で実施されるケースが多いスキームとなっています。
○第三者割当増資
第三者割当増資とは、売り手企業が新たに株式を発行し、買い手に引き受けてもらうM&Aスキームです。
他のM&Aスキームと比べて、手続きが簡単で早いというメリットがあります。
ただし売り手の株主はそのまま株式を持ち続けるため、買い手側が100%の株式を取得することはできません。
したがって売り手が経営権を譲渡するためには、買い手に50%以上の株式を所有させるよう調整が必要です。
売り手の株主は株式の売却を行わないため、売却益を得られない点に注意が必要です。
売却益を得るためのM&Aには向かないということですね。
○株式交換
株式交換は、売り手会社の株式を全て買い手企業が取得し、買い手が完全親会社となるM&Aスキームです。
売り手には対価として親会社の株式が交付されることが一般的ですが、現金での支払いも可能です。
売り手は自社の株式を親会社に譲渡し、その対価として親会社の株式を受け取る。つまり、お互いの株式を交換する格好になるわけです。
株式交換は、完全な親会社と子会社を作るために実施されるスキームともいえますね。
○株式交付
株式交付とは、売り手会社の株式を買い手企業が取得し、買い手がその対価として自社の株式を売り手企業のオーナーに渡すというM&Aスキームです。
株式交付は会社法の改正によって、2021年3月から新しく創設された制度なんですよ。
株式交換とよく似たスキームですが、株式交付は完全子会社化を目的としない場合にも適用可能です。
その他にも株式交付の対価は親会社の株式が8割以上必要になる点などが、株式交換とは異なります。
また、株式交付が適用できるのは国内の株式会社に限定されています。
○株式移転
株式移転は株式交換と同じく、完全な親会社と子会社の関係を作るM&Aスキームの1つです。
株式交換との違いは、親会社として新しく会社が設立される点にあります。新設された親会社に子会社となる会社の株式を全て取得させるスキームが、株式移転なのです。
株式移転の対価は、自社の株式・社債・新株予約権・新株予約券付社債のみと定められているため、買収資金を新たに用意する必要がありません。
5-2 合併
合併は、複数の会社が1つの会社に統合されるM&Aスキームを指し、吸収合併と新設合併の2種類に分けられます。
どちらも合併される側の法人格は消滅するという共通点を持っています。
○吸収合併
吸収合併とは、既存の買い手企業に売り手企業が吸収されるM&Aスキームです。
買い手企業はそのまま存続することから、存続会社と呼ばれます。一方の売り手は、消滅会社と呼ばれます。なぜなら、吸収合併により法人格が消滅するからです。
合併により消滅する会社の権利義務は全て、存続する会社へと引き継がれます。
○新設合併
新設合併は、合併のために新たに会社を設立するスキームです。
上の図でいうと、A社とB社が合併を行うために、C社を設立します。そしてC社にA社とB社が行っている事業の権利義務を統合するのです。
新設合併の場合、合併される会社(図でいうとA社とB社の2社)の法人格が消滅します。
5-3 会社分割
会社分割とは、会社の事業を分割して別の会社へと引き渡すM&Aのスキームです。
事業譲渡とよく似ていますが、譲渡する項目を個別に選択する事業譲渡に対し、事業に関わる権利や義務を包括的に引き継ぐという特徴を持っています。
包括的、とはどういうことを指しているのでしょうか。
簡単にいうと「全部ひっくるめて」という意味ですよ。譲渡する事業に関わる権利義務の全てが自動的に買い手へと引き継がれます。
会社分割の対価は、株主個人・売り手企業のどちらでも受け取りが可能
会社分割は、分割する事業を引き継ぐ対象によって吸収分割と新設分割の2種類に分けられます。
○吸収分割
吸収分割は、会社の一部または全部の事業を分割して、既に存在する別の会社へ引き渡すスキームです。
本当に事業譲渡とよく似ていますね!
- 事業の承継が包括的である点
- 株主個人が対価を受け取れる点
ちなみに吸収分割はM&Aスキームとしてだけでなく、グループの中で組織再編を行う場合にも用いられることがあります。
○新設分割
新設分割とは、会社の一部または全部の事業を分割して、新しく設立した会社へ引き渡すスキームです。
事業を引き継ぐための会社を新しく設立するんですね。
新設分割の場合、分割の対価は新設会社の株式でしか支払えません。そのため中小企業のM&Aにおいてはあまり使われていないスキームだといえます。
5-4 株式公開買付(TOB)
株式公開買買付は英語で「Take Over Bid」と表記し、略してTOBと呼ばれます。
買い手が株式の買い付け数・価格・期間を不特定多数の人に対して公告し、証券取引所を介さずに買い付ける手法です。
TOBは上場企業に対して使用されるスキームです。非上場の中小企業には対応していません。
買収対象となった会社が買収に同意していない状態でも実行されるため、場合によっては「敵対的TOB」と呼ばれるケースもあります。
敵対的買収は多くの場合、競合他社の支配権を獲得する目的で行われます。
5-5 経営陣買収(MBO)
経営陣買取とは、経営陣に自社株式を買い取ってもらうM&Aスキームです。
株式譲渡を社内で行うイメージですね。
経営陣は自己資金を使って自社株を買収しますが、資金が不足している際には銀行や投資ファンドから資金調達を行います。
中小企業の場合は、後継者候補へ会社を引き継ぐ際などに使用されます。
6章:M&Aの流れ
M&Aスキームによって細かな違いはありますが、大まかな流れは共通しています。
ここでは、M&Aの流れを解説します。
掲載している図に記された期間は、株式譲渡でM&Aを実行する場合の所要期間を示しています。おおよその参考にしてみてくださいね。
6-1 準備
M&Aには準備期間が必要です。ここでは、M&Aを決意してから実際に買い手探しを始めるまでに必要な項目を挙げています。
○M&Aの検討
会社売却を決意した動機の存在は、今後のM&Aに関わる方針決定において軸となる役割を果たします。
まずは「なぜM&Aを実行するのか」という目的を明確にしておきましょう。
○M&A仲介会社の決定
M&Aを実行するためには、ほとんどの企業において専門家の手が必要となります。信頼できるパートナー選びは、M&Aの成果を左右するといっても過言ではありません。
複数のM&A仲介会社へ相談し見積もりを取り、「この人になら会社の将来を任せられる」と思えるM&Aコンサルタントをパートナーに選びましょう。
○必要書類の提出
M&A仲介会社と仲介契約を締結したら、いよいよM&Aプロセスが本格的に始まります。
M&Aコンサルタントからはたくさんの書類を提出するように求められますが、都度探すのは大変です。
求められたら速やかに提出できるように、あらかじめ準備しておくと良いでしょう。
○企業概要書(IM)・ノンネームシート(NN)の作成
自社にマッチした買い手を探すためには、自社を売り込むための書類が必要です。
買い手探しに先立ち、売り手企業の企業概要・事業内容・財務諸表などの詳細が記された書類である企業概要書を作成します。
また、買い手候補企業に買収を検討してもらうための書類であるノンネームシートも、企業概要書と共に作成されます。
6-2 買い手探し~基本合意契約の締結
M&A仲介会社が決定し買い手探しの準備が整ったら、いよいよ自社にマッチする買い手を探していきます。
- M&Aに求めている目的が達成できること
- 自社の社風や経営理念とかけ離れていないこと
買い手は自社の更なる発展を目的としてM&Aの相手を探しています。買い手の目標も念頭に置いて、広い視野を持って探していきましょう。
とはいえ実際に買い手候補企業を探してくるのは担当のM&Aコンサルタントです。
売り手としては、買い手に対する希望を明確にしておくなど、スムーズな買い手選びができる状態を整えておきましょう。
○ノンネームシート(NN)・企業概要書(IM)の提示
買い手候補となった企業には、ノンネームシートが提示されます。その後買い手候補が買収に興味を示すと、より詳細な情報が記載されている企業概要書が提示されるのです。
買い手候補は企業概要書を基に、本格的な買収の検討に入ります。
○トップ面談
売り手・買い手双方にM&A実行の意思が確認できたら、経営トップによるトップ面談がおこなわれます。
トップ面談は、互いの人となりや経営理念など書面では分かりにくい部分を確認しあい、理解を深める場としても重要な役割を果たしています。
○基本合意契約の締結
トップ面談でお互いに納得のいく相手であれば条件面での調整に入り、売り手が条件に納得し合意すると、基本合意契約書を締結します。
ここでは売り手が買い手に対して、他の買い手候補とM&A交渉をしない旨を明記した独占交渉権の付与が行われるケースが一般的です。
つまり、基本合意契約を締結した時点で「この相手とM&Aを実行する」という覚悟が必要になりますよ。
6-3 デューデリジェンス(買収監査)~クロージング
基本合意契約の締結後は、M&Aの実行へ向けてラストスパートです。
まず、買い手企業による売り手企業の調査であるデューデリジェンスが実施され、その結果を基に最終条件の交渉が行われます。
売り手・買い手双方が最終条件に納得し合意すれば、最終譲渡契約が締結されるのです。
最終譲渡契約書の名称は、使用するM&Aスキームによって異なります。
中小企業で使用されることの多いスキームごとの名称は、以下の表で確認してください。
M&Aスキーム | 株式譲渡 | 事業譲渡 | 合併 | 吸収分割 | 新設分割 |
最終譲渡契約の名称 | 株式譲渡契約書 | 事業譲渡契約書 | 合併契約書 | 吸収分割契約書 | 新設分割計画書 |
最終譲渡契約には、一般的にクロージングを実施するための条件が盛り込まれます(クロージング条件)。
条件が満たされていることを確認した後、クロージング作業をもってM&Aプロセスは完了です。
- 譲渡対価の支払い
- 資産の譲渡や契約の移管などの手続き など
クロージングの内容はM&Aスキームによっても異なりますが、最終譲渡契約で取り決めた条件を満たしていない場合は決済が行えません。
最悪の場合M&Aが破談になってしまう可能性もありますので、十分に注意する必要があります。
6-4 統合(PMI)
M&A手続きそのものはクロージングをもって完了しますが、M&Aに期待していた効果を十分に発揮するためには両社の統合作業が重要です。
この統合作業はPMIと呼ばれ、経営戦略やビジョンの浸透・生産性向上・コスト削減・従業員のモチベーション維持・向上などを目的に実施されます。
両社のスムーズな統合を実現するためには、M&Aプロセスの初期段階からPMIについて考え始める必要があります。
まとめ
M&Aとは「Mergers and Acquisitions」の略で、「合併と買収」という意味です。
中小企業においては近年深刻化している後継者不足など経営が抱える問題を解決するための他に、社長自身が売却益を得るためにも活用されています。
とはいえM&Aが成立するためには、売り手・買い手双方の希望や目的がマッチしなければなりません。
またそれぞれの希望や目的を叶えるために、最適なスキームの選択も必要になります。
M&Aの検討および実施には専門的な知識が必要になることから、経営者だけで進めていくことは困難です。
信頼できるM&Aコンサルタントとの出会いが、M&A成功の鍵を握っているといっても過言ではありません。
M&Aスキームそれぞれの特徴やメリット・デメリットを理解したうえで、自社にとって最適なスキームを選択し、思い描いていた未来を実現してください。