経営者として十分な成果を上げ、個人的な資産もある程度築くことができた今、「そろそろ第一線を退き、自分のための人生を楽しみたい」とアーリーリタイア(早期引退)を視野に入れている50代の経営者の方も多いのではないでしょうか。
しかし、いざ自社をM&Aで譲渡してリタイアしようと考えたとき、
「今の順調な会社を、果たして自分の理想とする価格で評価してもらえるのか」
「本当に悠々自適なリタイア生活が実現できるのか」
といった疑問が湧いてくるかもしれません。
そこで今回は、M&Aの専門家である齋藤氏(以下敬称略)に「M&Aによる早期リタイアの現実味」について直撃しました。
引退に向けて動き出すべきベストなタイミングや理想の売却価格、高く評価される会社のリアルな条件まで、次のステージを見据える経営者が知っておくべきリタイアメント戦略の本質に迫ります。
回答者:齋藤和寿
- インバースコンサルティング株式会社代表取締役
- 豊かなリタイアを実現する事業承継コンサルタント
- M&Aによる取引累計額200億円超
- 支援企業は未上場企業から上場企業など多岐に渡る
聞き手:大橋
1.前提条件
本記事では、五十五歳単身世帯の場合、約七千三百万円の預金額があればアーリーリタイアが可能という計算を前提条件としています。
2.55歳で引退するなら53歳でM&Aに向けて動き出すイメージ

大橋:
まず最初の質問です。M&Aを活用して、55歳で引退を考えている場合、だいたい何歳頃からM&Aに向けて動き出すのが望ましいのでしょうか?
齋藤:
しっかりと利益が出ていて純資産を順調に積み上げている会社であれば、53歳くらいがひとつの目安だと考えていいと思います。
遅くても54歳になるまでには動き出したいところですね。
大橋:
例えば、売却価格に不安を抱いている時は、もう少し早いうちから動いた方がいいですかね。
齋藤:
早めに企業価値を算出してもらって売却価格の目安を知っておくのは、将来の見通しを立てる目的という意味でもアリです。
ただ、早く動き出したからといって高値で売却できるわけではないので、そこはなんとも言えませんね。
3.アーリーリタイア目的のM&Aで理想的な売却価格は2億~3億円程度

大橋:
ご自身の資産状況にもよるとは思いますけれども、55歳で引退するとしたら、理想的な会社の売却価格はいくらくらいになるのでしょうか?
齋藤:
おっしゃるようにご自身の資産状況によるところが大きいので一概には言えませんが、悠々自適な引退生活を目指したいのであれば、少なくても2億~3億円くらいですかね。
大橋:
ちなみに資産状況についてですが、貯蓄の他に考えるべき要素はありますか?
齋藤:
そうですね。持ち家の場合、住宅ローンの返済が終わっていない方はその分を考慮する必要が出てきます。
例えば5,000万円の住宅ローンが残っている場合、会社が1億円で売却できたとしてもローンを返済したら5,000万円しか残りませんよね。
売却して得たお金にも税金がかかるので、実際の手取りはもっと少なくなってしまいます。
大橋:
なるほど。目安としては少なくても2億~3億円だけど、その人による部分が大きいのですね。
4.理想的な価格で売却できる会社の4つの条件について

大橋:
ここからは、理想的な価格で売却できる会社の条件についてお話を聞いていきたいと思います。
4-1 会社の規模
大橋:
まず、会社の規模についてですが、こちらに関してはいかがでしょうか?
例えば売上高や従業員数などの目安はありますか?
齋藤:
最も重要なのはやはり利益が順調に積みあがっているかどうかです。
そこで見るポイントが、ひとつめは損益計算書の営業利益。これが少なくとも5,000万円くらいあること。
ふたつめは、貸借対照表(バランスシート)の純資産。
純資産がしっかり積みあがってきていて、かつ、営業利益が少なくとも5,000万円くらいあると、2億~3億円で売買できる可能性がかなり高まります。
大橋:
会社の規模というより、営業利益と純資産が積み上がっているかどうかの2点が重要なのですね。
齋藤:
そうですね。あとは借入の状況にもよります。
M&Aでは借入を差し引いた売買金額になりますので、借入額が大きいと減額になる可能性が非常に高まります。
4-2 会社の立地
大橋:
会社の立地は売却価格に関係しますか?
齋藤:
しますね、やっぱり。
具体的な金額では例を挙げづらいのですが、やはり都心部にある会社の方が買い手が付きやすくなります。買い手がつきやすいということは、買い手間で競争が起こるということ。それにより、価格も上昇傾向にあります。
逆にそれこそ離島の会社などは、そもそも買い手がつきにくい。つまり、競争が起こらないイコール取引価格が上がりにくくなってしまうのです。
大橋:
それは会社の財務状況が良くても、でしょうか。
齋藤:
難しいですね。やはり立地はそれなりに大事です。
4-3 会社の保有資産
大橋:
次は、会社の資産についてです。M&Aで会社を売却する際、保有していると有利な資産はありますか?
齋藤:
うーん、そうですね。持っていると有利、と断言できる資産はこれといってないというのが正直なところでしょうか。
強いて言えば、現金に換えやすい資産ですかね。有価証券とか。それはニアイコールキャッシュなので、買い手には好まれやすいと思います。
大橋:
本社の土地建物が会社所有だと有利とか、収益不動産を持っていると有利とか、そういうわけではないのでしょうか。
齋藤:
いい質問ですね。そこ、実は買い手によるんですよ。
保有している方がいいという買い手もいますし、逆に賃貸の方がいいという買い手もいます。本当にそれぞれなんです。
大橋:
買い手による。もうその一言ですかね。
齋藤:
そうですね。あと一つ言えるのは、会社の売上規模が小さくなっていて、でも金額の大きい不動産を持ってるところはちょっと敬遠される可能性が高いですね。
4-4 社長への依存度
大橋:
その他に、理想的な価格で会社を売却するための条件があれば教えてください。
齋藤:
そうですね。社長自身に依存してない会社ほど売れやすくなると思います。
大橋:
なるほど。社長がいなくても事業は回る会社ということですね。
齋藤:
その通りです。社長への依存度が低いほど有利になります。
大橋:
では今もし社長に仕事を依存しているような状態であれば、依存せずに事業を回していける仕組みを作り始めた方がいいということですか?
齋藤:
少しずつでもいいので、できるところから実行していった方がいいですね。
5.M&Aを活用してアーリーリタイアを目指す際の注意点

大橋:
では、次の質問です。M&Aを活用してアーリーリタイアを実現するにあたり、注意すべき点はありますか?やはりお金の面ですかね?
齋藤:
そうですね。会社を売却した後の人生を生きていくために、必要な金額の算出はしておいた方がいいですね。
大橋:
売却価格についてはどうでしょうか。
齋藤:
M&A仲介会社で査定を受ける際に、無茶な値段で査定されていないか、という点には注意したほうがいいかもしれません。
今はほとんどないとは思いますが、過去には契約を取りたいがために実際の企業価値より高額な査定をつける業者がありましたので。
大橋:
では、複数のM&A仲介会社から見積もりを取った方がよさそうですね。
齋藤:
そうですね。慎重を期すなら2社ぐらいは取ってもいいですね。
相場の考え方や価格の内訳など、セカンドオピニオン的に誰かに聞いてみるのはありかもしれません。
大橋:
なるほど。情報漏洩のリスクを極力減らすためという意味でも、2社くらいが適当なのですね。
6.実際にM&Aでアーリーリタイアを実現した事例

大橋:
齋藤さんが今まで担当した案件の中にアーリーリタイアが目的の案件はありましたか?
齋藤:
はい、何件かありましたね。
その中の1件を紹介すると、経営者様は40代にして数十億円を手にしてリタイアされました。
大橋:
アーリーリタイアを実現されたのですね。その方は完全に引退を考えてM&Aを選択されたのですか?
齋藤:
そうですね。非常に頭の良い方で、社長であるご自身にほとんど依存していない会社を創り上げていました。
会社に関することで自分がやるべきことはやりきったということで、売却のご相談に来られました。
年間の利益も億単位で出てましたので、非常に良い価格でM&Aを実行し、引退を実現されましたよ。
7.M&Aを活用したアーリーリタイアは決して夢物語ではない

大橋:
実際にアーリーリタイアをM&Aで実現された方がいらっしゃるということは、ご自身の会社が利益を出していれば、今この記事をご覧になっている経営者様にとっても決して夢ではないということですね。
齋藤:
そうですね。億単位の利益が出ていれば、思いのままにできると思います。1億円の役員報酬を取って働き続けることもできますし、M&Aで会社を売却して悠々自適な生活を送る選択も可能です。
8.M&Aを活用してアーリーリタイアを目指す経営者様へのアドバイス

大橋:
最後の質問です。M&Aを活用してアーリーリタイアを目指している経営者様へ向けて、役に立つアドバイスをお願いします。
齋藤:
過去に、M&Aの直前だけ無理やり売上利益を伸ばして売却する、という売主様がいらっしゃいました。
しかしそれは買い手からみると「売り逃げされた」と感じられるようなやり方で、決して好感の持てるものではありません。
売上だけにとどまらず、M&Aを実行するからといって背伸びをするのではなく、着実に伸ばしていける方法を取るべきです。
大橋:
なるほど。いわゆる一夜漬けの状態で売却するのは良くない、ということですね。他にはありますか?
齋藤:
前にも述べましたが、社長に依存しない体制作りに取り組んでください。
全く依存しないというのは現実的ではありませんので、依存度を極力減らしていく方向で会社の仕組みを整えましょう。
大橋:
社長が引退しても困らない環境作り、ということですね。
今回の質問は以上です。ありがとうございました。
まとめ

業績が順調で、しっかりと利益と純資産を積み上げてきた経営者様にとって、M&Aを活用したアーリーリタイアは決して夢物語ではなく、十分に実現可能な選択肢です。
本記事で解説した、理想のセカンドライフを現実のものとするための重要なポイントは以下の通りです。
- 動き出すベストなタイミング
55歳でのリタイアを計画するなら、余裕を持って53歳頃(遅くとも54歳まで)には準備を開始する。 - 目標とする売却価格の目安
悠々自適な生活には最低でも2億〜3億円程度が必要。ただし、負債(借入金)の返済や税金を差し引いた「手元に残る資金」でシミュレーションすることが重要。 - 高く評価される会社の条件
少なくとも5,000万円程度の営業利益など、順調に積み上がった純資産があること。加えて、買い手間で競争が起きやすい立地も価格上昇の要因となる。 - 今すぐ始めるべき準備
属人化からの脱却。社長がいなくても事業が回る仕組みを構築し、経営者自身への依存度を極力減らしていくことが、企業価値の向上(買い手の安心感)に直結する。 - 売却に向けた注意点
M&A直前の一夜漬け的な売上拡大は逆効果。着実な成長を維持しつつ、適正な評価を知るために、査定の際はセカンドオピニオンも検討する。
長年の経営努力によって確固たる事業基盤を築き上げた今、このまま役員報酬を得て経営を続けるか、M&Aで会社を託して新たな人生のステージへ進むかは、経営者ご自身の意思で自由に選択できます。
まずは自社の客観的な企業価値を把握し、社長への依存度を下げる組織体制づくりから、次の一手を打ち始めてみてはいかがでしょうか。













