会社売却は経営課題を解決する有効な手段ですが、安易にプロセスを進めると破談や思わぬトラブルのリスクがあります。
本記事では、数多くの中小企業M&Aを支援してきたインバースコンサルティング代表の齋藤氏(以下敬称略)に、M&Aに踏み切るべきではないケースについてインタビューしました。
役員の反対や株主と連絡が取れないといったNG状況の解説から、困難を乗り越えて成約に結びつけた実例まで、M&A現場のリアルをお届けします。
回答者:齋藤和寿
- インバースコンサルティング株式会社代表取締役
- 豊かなリタイアを実現する事業承継コンサルタント
- M&Aによる取引累計額200億円超
- 支援企業は未上場企業から上場企業など多岐に渡る
聞き手:大橋
1.M&Aに踏み切るべきでないケースとは

大橋:
本日はM&A実行のNG状況についてお伺いしたいと思います。
まず最初の質問です。経営に悩み事を抱えていて、解決方法としてM&Aでの会社売却が候補に挙がった際に、プロセスに踏み切るべきでないケースがあれば教えてください。
Case1:M&Aへの興味が先行している状態
齋藤:
売り手側がM&Aに踏み切るべきでないケースですね。
結論から申し上げて、覚悟が決まっていない状態で進めるのは避けた方が良いです。
弊社にご相談に来られる方の中には、「自社にどれくらいの価格がつくのか見てみたい」という興味だけで検討を始めたという方が、ほんのたまにいらっしゃいます。
そういった方は、まだ進めるべき段階ではないと思います。
Case2:M&Aに反対している役員がいる状態
大橋:
他にはありますか?
齋藤:
例えば、役員の中にM&Aに反対している人がいる場合は、プロセスに踏み切らない方がいいですね。
大橋:
役員というのは、株主でもある人のことを指すのでしょうか。
齋藤:
役員が親族の場合は株主であることもありますし、株主ではないこともあります。
どちらにせよ役員が反対している状態では、前に進むべきではありません。
大橋:
それはなぜでしょうか。
齋藤:
そもそもM&Aに成約までたどり着かないですし、最悪の場合は揉める可能性があるからです。
例えば役員に内緒で売却の話を進めて、デューデリジェンスの最中や売買完了後に発表したとします。そこで、「いや俺は聞いてないし認めない」という話になると、買い手が降りてしまう可能性があるのです。
降りるだけならまだいい方で、「デューデリジェンスの費用を返せ」という話にもなりかねません。
大橋:
それは危険ですね。
Case3:他の株主と連絡が取れない状態
大橋:
株主や役員の中に反対している人がいるときは、M&Aに踏み切るべきではないと。
齋藤:
そうですね。ただ、分かりやすく反対されるケースばかりではないのが実情です。過去には、株主と既に絶縁していて連絡が取れないという案件も実際にありました。
大橋:
絶縁して連絡が取れなかったら、株式を売ってくれるかどうか分かりませんよね。そういう場合はどうなるのでしょうか。
齋藤:
そこはなんとかして解決しないと、M&Aプロセスには進めません。その状態では買い手もつきませんしね。
大橋:
ということは、その絶縁していた株主から株式を買い取るもしくは、買い取る見込みができたら、プロセスに進んでOKというイメージですか?
齋藤:
そうですね。解決できる見込みが立ったらすぐに動くべきです。
2.経営状態や借入はM&Aプロセスへ踏み切る際の障害にはならない

大橋:
他にプロセスに踏み切るべきではないケースはありますか?例えば経営状態とか借入の状況とか、会社が抱えている問題で、M&Aすべきでないものがあれば教えてください。
齋藤:
経営状態が悪化していて改善を望んでいるのであれば、それはM&Aの目的になり得ます。
借入や業績に関しても、基本的に悩んでいるのであれば、M&Aで解決できる可能性はありますので、それはプロセスへ進んでいただいて大丈夫です。むしろ進んだ方がいいです。
ただ、明らかにM&Aが成立しない条件、前述した役員が反対しているとか。または成立しても後々問題になりそうな要因を抱えている場合は、プロセスに踏み切るべきではありません。
3.M&Aに踏み切るべきでない状態の対処法
大橋:
M&Aに踏み切るべきではない状態のときは、潔く他の手段を探した方がいいのでしょうか。
齋藤:
目的にもよります。売却が目的であればM&A以外に方法がありませんので、M&Aへ舵を切る障害になっている要素を取り除かねばなりません。
例えば採用で悩んでいる場合は、経営者ご自身でもう少しなんとか頑張って解決しようという選択肢も出てきます。
M&Aを阻んでいる要素が何かにもよりますし、目的によっては潔く他の手段を選んだ方がいい場合もありますので、ケースバイケースというのが正直なところです。
大橋:
ケースバイケースということは、まずはM&A仲介会社に相談した方がいいですね。
齋藤:
そうですね。M&Aに踏み切れるか否か、という点ではアドバイスを差し上げられますので、相談していただくのが良いと思います。
4.【実例】M&Aに踏み切るべきではない状態を克服したケース

Case1:消息不明の株主が存在していたA社の場合
大橋:
実際にM&Aに踏み切るべきではない状態から形勢逆転して、M&Aが成立した事例はありますか?
齋藤:
ありますよ。株主の行方が分からない、というケースがありました。なんなら亡くなっている可能性すらあるような状態で、でもそれも分からなくて。
大橋:
ご存命かどうかも分からない株主がいたということですね。
齋藤:
そうなんです。
新聞の訃報欄などを調べても出てこなくて、恐らく存命だろうということにはなったのですが、いかんせん所在が分からない。
買い手としても、消息不明の株主が存在する会社は買収したくないため、通常であればM&Aは成立しません。しかしその案件では、株式移転というスキームを使って、なんとか株式の100%譲渡という状態を作り出すことができました。
株式移転とは
新設された親会社に、子会社となる会社の株式を全て取得させる手法
齋藤:
ちょっと仕組みが複雑なので詳細の言及までは控えますが、買い手の納得が得られたため無事にM&Aは成立しました。
大橋:
経験豊富な齋藤さんならではのテクニックですね。
齋藤:
特殊ケースではありますね。このケースのように、我々で解決できる場合もありますので、やはりまずは相談していただけたらと思います。
Case2:役員の猛反対を受けていたB社の場合
齋藤:
もうひとつ、今度は役員が反対していた事例をご紹介します。かなり時間はかかりましたが、問題を解決してからM&Aプロセスに進んだケースです。
大橋:
その役員の方は、株主だったのですか?
齋藤:
実はその方は社長だったのですが、オーナーではなく少数株主でした。
大橋:
会社のオーナーは別にいて、そのオーナーがM&Aで会社を売却しようとしていたのですね。
齋藤:
その通りです。しかしこの社長が問題で、ずさんな経営をしていたというか、会社を私物化しているような人だったのです。
それだけにとどまらず、横領もしていました。
大橋:
そんな人が社長では買い手からの信頼なんてとても得られませんよね。
齋藤:
仰る通りで、オーナーもそこはしっかり認識していらしたので、時間をかけてその社長には辞めていただきました。それからM&Aを実行したという流れです。
大橋:
辞めていただいて、ということは自己都合ですよね?社長が自ら辞める状況というのはどのように作り出したのですか?
齋藤:
簡単に言うと、横領の事実を集めて本人に突きつけたのです。
社長を含む役員というのは、会社から委任されて経営をしている立場であり、善良な管理者の注意義務を負っています。
善良な管理者の注意義務とは
その職業や立場、社会的な地位にある人に一般的に期待される「誠実で、注意深い管理」を行う法的な義務のこと。
取締役では、十分な情報収集や検討をせず、ずさんな経営判断で会社に莫大な損害を与えた場合は義務違反(債務不履行)とみなされ、損害賠償請求の対象になることがある。
大橋:
つまりこの社長は善良な管理者の注意義務に違反していたのですね。
齋藤:
そうですね。で、オーナーと社長とが話し合って、穏便に辞めていただいたというわけです。
そしてそこからようやく売却活動を始められました。
辞めていただくまでに1年半くらいかかりましたね。そこから半年ほどで買い手が見つかり、無事にM&Aは成立しています。
大橋:
問題となった社長が存在していた事実は、M&Aプロセスの足かせにはなり得ないんですか?
齋藤:
そこは相手によりますかね。現取引に大きな問題が生じていない限りは、気にしない買い手も多いですよ。
大橋:
M&A時には別の方が社長だったわけですよね?前社長の悪行も含めて、社長が交代した経緯は買い手にはどのように打ち明けるのですか?
齋藤:
そうですね。こういう事情で前社長には辞めてもらって、体制を整えて今に至ります、という話は軽くしてから交渉を進めていきます。
大橋:
なるほど。事情を分かった上でプロセスを進めてくれるのなら安心できますね。
すごくドラマチックな世界ですね、M&Aの現場って。
齋藤:
そうですね。ドラマに出てきてもおかしくないかもしれません(笑)
まとめ

M&Aに対する経営者様の覚悟が決まっていない状態や、役員の反対、株主との連絡不能といった障害を放置したままの見切り発車は、後々の大きなトラブルに直結します。
その一方で、一見不可能に思える困難な状況でも、専門的なスキームの活用や粘り強い交渉によって障害をクリアにし、成約へ導けるケースは存在します。
しかし、現在の社内状況でM&Aが進められる状態かどうかを、自社だけで判断するのは非常に困難です。
M&Aに対して少しでも迷いや不安がある場合は、まずは専門家へご相談ください。













