中小企業のM&Aにおいて、意外と大きな壁となるのが株式の分散です。創業者から二代目、三代目へと引き継がれる中で、親族や関係者に株式が分散してしまっているケースは少なくありません。
今回は、株式が分散している状態がM&Aにどのような影響を与えるのか、そして経営者が事前に確認・対策すべきポイントについて、M&Aの専門家である齋藤氏(以下敬称略)にお話を伺いました。
回答者:齋藤和寿
- インバースコンサルティング株式会社代表取締役
- 豊かなリタイアを実現する事業承継コンサルタント
- M&Aによる取引累計額200億円超
- 支援企業は未上場企業から上場企業など多岐に渡る
聞き手:大橋
1.100%保有していないとどうなる?株式分散がM&Aに与える悪影響

大橋:
今日のテーマは株式の分散です。M&Aを実行するにあたり、経営者様ご自身が100%の株式を保有していない場合、どのような影響があるのでしょうか?
齋藤:
基本的にはマイナス影響しかありません。なぜなら多くの買い手企業は、対象会社の株式を100%取得することを望んでいるためです。
例えば、経営にタッチしていない親族が株の一部を持っているだけでも、いざ会社を売却するとなった際に反対されるリスクが存在します。M&Aの成立において、これは単純に悪影響となります。
大橋:
保有している割合によって、状況は変わりますか?
齋藤:
数パーセント程度の少数株主であれば、スクイーズアウトや株式移転という手法を用いて法的に株式を集約し、少数株主を排除する手段は一応あります。
スクイーズアウトとは
大株主が少数株主から強制的に株式を買い取る法的な手続きのこと。条件を満たせば適正な金銭を対価として強制的に株式を取得することが可能になる。
株式移転とは
既存の会社の株主が保有する株式を、新しく設立する会社(完全親会社)の株式と交換する法的な手続きのこと。元の会社は新設された会社の100%完全子会社となる。
齋藤:
しかし、その少数株主が自社の役員や従業員として関与している場合、強硬手段をとるとその後の会社運営に支障をきたすため、慎重に進めなければなりません。
さらに大変なのが、自分以外の人が株式の40%を持っている場合や、10%ずつを4人が持っているようなケースです。
事業譲渡など会社にとって重要な決議を行うには株主総会で3分の2以上の賛成が必要になるため、もし彼ら全員に反対されてしまえば、M&Aそのものが実行できなくなってしまうからです。
大橋:
少数株主が残っていても構わない、という買い手はいないのでしょうか?
齋藤:
その少数株主が今後も会社に残ってバリバリ働きたいという意思を持っていれば、買い手によっては認めてくれるケースもゼロではありません。
しかし、経営に関与していない親族が株を持っている場合などは、将来のトラブルの種になるため、今のうちに買い取って整理しておくよう求められるケースがほとんどです。
2.自社の正確な株主割合、正しく把握できていますか?

大橋:
二代目や三代目以降の経営者様の場合、ご自身の株保有率が曖昧になっている方もいらっしゃると思います。正確に確認するにはどうすればよいでしょうか?
齋藤:
M&A業者が初期段階で確認するのは、毎年の確定申告書に添付されている別表(同族会社等の判定に関する明細書)です。ここに株主名と持ち株数が記載されています。
ただ、これはあくまで顧問税理士さんが把握している情報を書いているだけで、不動産登記のように国が証明する絶対的なものではありません。
大橋:
確定申告書だけでは不十分ということですね。
齋藤:
その通りです。多分これで合っていると思うと仰る経営者様も多いですが、昔のことで忘れられているケースもあります。
正確に確認するためには、以下の書類をセットで追っていく必要があります。
- 株式を買い取った際の売買契約書
- 贈与で受け取った際の贈与契約書
- 相続で引き継いだ際の遺産分割協議書
- 譲渡を承認した株主総会議事録
しかし中小企業でこれらの書類をすべて完璧に残している会社は少なく、実態が不透明になっていることも多々あります。
3.株式の分散が発覚した際に経営者がまずやるべきこと

大橋:
もし自社の株式が分散していることが判明したら、経営者様は何をすべきでしょうか?
齋藤:
まずは、いつ・誰に・何株譲ったのかという株式の変遷をきっちり整理することです。
設立時から複数人で出資したのか、途中で誰かに譲渡したのか。そして、現在の正確な株主と、誰が何%保有しているのかをリストアップします。
次に、その株主たちと現在連絡が取れるかどうかを確認してください。
いざM&Aで株式を売却するとなれば、最終的には経営者自身がその分散した株を一旦買い集め、100%にした状態で買い手に譲渡するのが実務上スムーズです。
そのためには、株主本人から買い取る手続きが必要になります。
大橋:
もし株主が行方不明になっていたり、絶縁状態で連絡が取れなかったりした場合はどうなりますか?
齋藤:
その株主の保有割合が少なければ前述のスキームを駆使してなんとかなる場合もありますが、過半数を持っている親族と連絡が取れないといった場合は、残念ながらM&Aの実行はほぼ不可能です。
大橋:
昔の制度で名前だけ貸してもらった名義株の場合はどうでしょう?
齋藤:
名義株の場合は、対象者から自分は実質的な株主ではなく株式は現在の社長のものであるという内容の明確な書面をもらい、捺印してもらうことになります。
ただし、相手によっては名義貸しに協力したのだから少しは買い取ってほしいと要求される可能性もゼロではありません。
恐怖の体験談…買収監査で発覚した過去の株式トラブル

大橋:
これまでに、株式の分散が原因で苦労されたエピソードがあれば教えてください。
齋藤:
以前、社長とお母様の2名で100%の株を保有しているという前提で進めていた案件がありました。
事前に過去の書類を売主様から開示して頂くことはできませんでしたが、お父様からの相続時に作成された遺産分割協議書もしっかり残っていると聞いていました。
そのため100%の株式を保有している”前提”で進めることにしたのです。
しかし買収監査で買い手が詳細に調査をしたところ、実はお父様が保有するさらに前の段階で5人以上の株主の間で売買が数回行われており、権利関係が複雑化して実態が不透明になっていたことが発覚したのです。
大橋:
先代以前の変遷が不透明だったのですね。
齋藤:
そうです。昔のことなので通帳の記録や送金履歴もなく、株主総会議事録も揃っていませんでした。
そのため法的な観点から本当にこの2人が100%保有していると言い切れるのかという疑念が払拭できず、結果として買い手からお断りされ、基本合意していたM&Aは破談になってしまいました。
大橋:
それは恐ろしいですね。最終的にその会社はどうなったのでしょうか?
齋藤:
幸いなことに、その後「あまりにも昔の話で今さら当時の株主が現れて権利を主張するリスクは極めて低い」と判断してくださる別の買い手企業が現れ、無事に成約しました。
しかし、買い手によっては一発で破談になるほど、株式の帰属はシビアに見られるポイントです。
大橋:
自分が持っているつもりではなく、法的に正式に持っていることを証明できるかどうかが重要なのですね。
齋藤:
おっしゃる通りです。目に見えない権利だからこそ、明確に書類として見える化し、整理しておく必要があります。
株主名簿を正確に作成・保管することは、経営者ご自身だけでなく、後継者を守るためにも非常に重要なのです。
大橋:
株式の分散が引き起こすリアルなリスクについてよく分かりました。本日は、貴重なお話をありがとうございました!
まとめ

M&Aにおいて、対象会社の株式が100%集約されていない状態は、買い手から敬遠される大きなリスク要因となります。
特に二代目や三代目の経営者の場合、確定申告書の記載だけでなく、過去の売買契約書や遺産分割協議書といった公的書類を遡って、正確な株式の変遷を把握しておくことが不可欠です。
いざ売却手続きを進める最終段階になってから過去の権利関係の不明確さが露呈し、M&Aそのものが破談になってしまうケースも実際に起きています。
スムーズなM&Aを実現するためには、平時から株主名簿を正確に整備し、誰が何株保有しているのかという権利関係を法的に証明できる状態にしておくことが大切です。













