経営の悩みを抱え、その解決策の一つとして「M&A」という言葉が頭をよぎったとき、経営者はまず何から始めるべきなのでしょうか?
「後継者がいない」「今後の業績に不安がある」といった課題に対し、M&Aと他の選択肢をどう比較検討し、誰に相談すればよいのか。
いざという時に後悔しないための事前準備や、迷いがある中でプロセスを進める際の注意点など、検討の初期段階だからこそ知っておくべきポイントは数多く存在します。
そこで本記事では、「M&Aが頭によぎった際に行うべき、無理・無駄のない準備や行動パターン」をテーマに、自社の現状と向き合い、最適な決断を下すための具体的なステップについて専門家に伺いました。
回答者:齋藤和寿
- インバースコンサルティング株式会社代表取締役
- 豊かなリタイアを実現する事業承継コンサルタント
- M&Aによる取引累計額200億円超
- 支援企業は未上場企業から上場企業など多岐に渡る
聞き手:大橋
大橋:
本日は「M&Aが頭によぎった際に行うべき、無理・無駄のない準備や行動パターン」について伺います。
経営者様が大きな悩みを抱え、その解決策の候補として「M&A」が出てきた際、まず次に取るべき行動はどのようなものでしょうか?例えば、後継者不在で悩んでいる時に、解決手段の一つとしてM&Aが浮上した後のステップについて教えてください。
齋藤:
まず、今の例で言えば、選択肢はおおむね3つあると思います。1つ目は「自分で後継者を育成する」、2つ目は「M&Aで後継者問題を解決する」、そして3つ目は「後継者は立てず、自分が行けるところまで一人で経営を続ける」という道です。
次にすべき行動は、各選択肢の「ハードル」「得られるリターン」「達成までの期間」を明確にして比較することです。
例えば「後継者を育成する」のであれば、親族や社員の中に候補の有無や、育成に必要な年数を見極める必要があります。M&Aであれば、一般的に半年から1年程度で経営者が変わるという期間の目安が調べられます。まずは各選択肢の解像度を上げることが第一歩ですね。
目的を明確にし、最適な手段を絞り込む

大橋:
各選択肢を明確にした後、どのようにして最適な手段を選べばよいのでしょうか。
齋藤:
目的を明確にすることが最も重要です。ご自身の目的を一番達成できそうな手段はどれか、という視点で絞り込みます。
例えば、「後継者は不在だが、自分がずっと社長でいたい」という気持ちが強ければ、「行けるところまで自分でやる」という選択になるでしょう。「できれば身内に継がせたい」という思いがあり、お子様がまだ若いのであれば、「育成にかかる年数に自分の体力が耐えられるか」が一つの判断軸になります。
一方で、「体力的な不安があるため早く引退したい」という目的が明確になれば、情報収集を進める中で自然とM&Aという選択肢に絞られていくはずです。
相談先は「一つの専門家」に偏らせない
大橋:
選択肢を絞り込む作業を一人で行うのが難しい場合、どのような専門家に相談すべきですか?
齋藤:
特定の専門家だけに相談するのは避けた方が良いです。M&Aの専門家だけに相談すると、どうしてもM&Aに誘導される恐れがあります。
M&Aによる結果を知りたいならM&Aの専門家へ。後継者育成を検討するなら、国内にいる後継者育成支援の専門家へ。
そして「自分一人で最後まで経営を続ける(最終的に清算する)」という選択肢を深掘りするなら、廃業支援の専門家や顧問税理士に相談するのが良いでしょう。
会社を清算した時に資産がプラスになるのか、マイナス(破産リスクなど)になるのか、数字で見通しを立てることが重要です。なぜなら、その結果次第で他の選択肢を真剣に考えざるを得ないケースもあるからです。
それぞれの選択肢に応じた別の専門家に、満遍なく相談して比較検討することをおすすめします。

M&Aが有力になったら「企業価値算定」を準備する

大橋:
比較検討した結果、「M&Aが一番いいかもしれない」と有力になった段階で、済ませておくと後が楽になる準備はありますか?
齋藤:
自社の「企業価値算定(自社の値段の評価)」を出してもらうことです。算定には直近3期分の決算書などが必要になります。
実は、国内企業のおよそ6割が赤字という状態です。
齋藤:
その場合、売却金額もそれほど高くはつきません。「今の年齢で、売却後にどう生活していくのか」「売却後も会社に残って働く必要があるのか」など、今後のライフプランを考えるための大前提となるのが自社の値段です。まずは企業価値算定の準備をしてから踏み切るのが良いと思います。
大橋:
確かに、M&Aで会社を売却した後に生活に困ってしまっては元も子もないですね。
齋藤:
そうですね。会社の状態によっては買い手がつかず、そのまま経営を引っ張って最後にバンザイ(破産)するしかない、というケースもあり得ます。
だからこそ、少し怖いかもしれませんが、まずはご自身の会社の状態と正面から向き合うことが大前提として必要です。
迷いがある状態でのM&Aプロセス開始は要注意
大橋:
まだ他の選択肢にも少し心惹かれているなど、迷いがある状態でM&Aのプロセスに踏み切ってしまっても良いのでしょうか?
齋藤:
本当に迷っているレベルであれば、やめた方が良いです。ある程度進むと引き返せなくなりますし、仲介会社側も適当な対応になる恐れがあります。
ただし、「絶対にこの金額で売れる」という保証はないのがM&Aなので、「〇〇万円以上で売れるなら間違いなく売る」「これ以下の金額なら絶対に売らない」という明確な条件や基準を持った上で、条件が合わなければ引き返すというスタンスであれば問題ありません。
大橋:
基準が明確でなく、「条件が良ければやるけど」といった曖昧な姿勢だと、仲介会社側も本気になりにくいということですね。
齋藤:
おっしゃる通りです。まともなM&A業者であれば、意思が固まっていない状態での依頼はお断りし、「考えが固まったらまたご相談ください」とお伝えするはずです。
選択肢を「一つに絞る」タイムリミット

大橋:
少し迷いを持ちながらM&Aプロセスを進めた場合、どの段階で完全にM&Aへと選択肢を絞る(決断する)べきでしょうか?
齋藤:
買収に興味を示した企業から意向表明書が届き、その内容に満足して先へ進もうと思った段階で1つに絞らなければなりません。
意向表明書とは
売り手企業の企業概要書を検討した買い手企業が、売り手企業に対して買収の意思や希望条件を提示するために提出する書面のこと
大橋:
基本合意契約よりも前ってことですよね。かなり早い段階で絞らなければいけないのですね。
基本合意契約とは
売り手と買い手候補の双方がM&Aの基本的な条件に合意した旨を明文化し、署名・捺印を行う作業
齋藤:
意向表明に満足して先へ進むということは、基本合意へ向かって進むということですからね。
基本合意契約を交わした後は買収監査が行われるため、ちょっとやそっとでは後に退けなくなります。
ただし、基本合意契約を締結してもその後の買収監査(デューデリジェンス)などで破談になる可能性はゼロではありません。
破談になれば、当然ながら経営を続けなければならないため、優先順位1位のM&Aがダメだった場合に備えて、常に元の選択肢(優先順位2位のプラン)へ戻れるよう想定しておくことは必須です。
M&Aを検討する経営者へのアドバイス

大橋:
最後に、経営課題の解決手段としてM&Aが候補に挙がっている経営者様へアドバイスをお願いします。
齋藤:
そうですね。まずは会社の悩みを明確化しておいてM&Aでその悩みをどう解決できるのかというところを、より深く考えてほしいです。
また、会社の強み・弱みや課題の根本原因を深掘りし、言語化しておくことをおすすめします。
例えば「業績が微妙」という課題も、ブレイクダウンすれば「社員の平均年齢が60代で若返りができていない」といった具体的な弱みが見えてきます。つまり、採用力が弱いということですね。
それが言語化されていれば、「採用力が強い会社と一緒になれば伸びる」という明確な戦略が立てられますし、買い手からの的確な提案も受けやすくなります。
年齢、勤続年数、事業ごとの利益などの数字をしっかり把握し、どこが足を引っ張っているのか、どこが強みなのかを明確にしておくことで、売主様も買い手も納得のいく良いM&Aが実現できるはずです。














