M&Aというと他社の傘下に入るというイメージが先行しがちですが、実は「自社を飛躍的に成長させたい」「将来的なIPO(上場)を見据えている」という経営者様にとっても非常に強力なスキームとなる可能性を秘めています。
それが、近年注目を集めているPEファンドへの売却です。
そこで本記事では、累計200億円超のM&A支援実績を持つ齋藤和寿氏に、実務に直結するファンドの賢い活用術を伺いました。
ファンドを活用した企業価値向上の仕組みや、一部再出資によるレバレッジを効かせたリターンの裏側、そして実際にM&A後に規模を5倍に急成長させた成功事例などを公開します。
回答者:齋藤和寿
- インバースコンサルティング株式会社代表取締役
- 豊かなリタイアを実現する事業承継コンサルタント
- M&Aによる取引累計額200億円超
- 支援企業は未上場企業から上場企業など多岐に渡る
聞き手:大橋
ファンドへ会社を売却すると会社を大きくしてもらえる?

大橋:
先日の話でも少し触れたと思うのですが、会社を一旦ファンドに売却して大きくしてもらって上場させることもできるというのは、どういう仕組みになっているのでしょうか?
齋藤:
まずここでいうファンドというのは、プライベートエクイティファンドを指しています。
プライベートエクイティファンドとは
投資家などから集めた資金で非上場企業などの株式や事業へ投資(買収)するファンド。投資先企業に対して経営支援や人材およびビジネスネットワークの提供などを行い、企業価値を高めたうえで株式や事業を再売却し、利益を得ることを目的としている。略してPEファンドとも呼ばれる。
※本記事では、以降はPEファンドのことを単に”ファンド”と表記します。
齋藤:
そもそもファンドの目的は、買収した会社を大きくした上で再売却し、利益を得ることです。つまり、”ファンドへの売却=会社を大きくしてもらえる”と考えて差し支えありません。
そして会社を大きくした後に再売却を行うのですが、これがM&Aで売却するケースもあれば、上場させて、その後に株式を売却して利益を得るというパターンもあります。
大橋:
つまり、上場を希望している売主様であれば、上場したい希望をファンドに伝えた上で売却する形になるのでしょうか。
齋藤:
そうなりますね。
ファンドへ会社を売却する理由
大橋:
ファンドを選ぶケースでは、売主様側はどのような理由を抱えているのでしょうか。
齋藤:
例えば、会社をもっと大きくして、ゆくゆくは上場したいという目標を持っている時ですね。
大きくはしたいけれど、自分でやるには時間がかかりすぎると感じていたり、限界が見えてきていたりする場合は、ファンドに託すという選択肢が出てきます。
大橋:
ファンドへ会社を売却したら、売主様は経営者ではなくなるのではありませんか?
齋藤:
経営者として残るケースもありますよ。それはファンドとの交渉次第ですね。
大橋:
他の理由は何かありますか?
齋藤:
後継者がいない人もファンドを活用することはありますよ。ファンドが後継者を連れてきてくれますから。
ただやはり、上場したい気持ちが少しでもある方は、ファンドが有力な買い手候補となります。
メインの悩みが後継者や業績に関することだったとしても、そこを解決してさらに上場できるような道があれば叶えたい、という売主様にはファンドへの売却をご提案することもありますよ。
ファンドへ会社を売却するメリット

大橋:
上場させたい夢が叶えられる点はファンドへ会社を売却するメリットだと思いますが、他に挙げられるメリットはありますか?
1.一部の株式を保有したままで上場を叶えられる
齋藤:
会社の売却というと、すべての株を手放して終わりというイメージが強いかもしれませんが、実は売却した後も、かなりお得に一部の株を持ち続けられるという手法があります。
大橋:
どういう仕組みなのでしょうか?
齋藤:
例えば大橋さんが経営する会社を、ファンドが100億円で買収することになったとします。
まず覚えておきたい点として、ファンド自体が大橋さんの会社を買収するわけではありません。
ファンドは企業買収を行うために特別目的会社(SPC)を設立し、そこへファンドが資金を注入し、SPCが大橋さんの会社を買収するという流れになります。
特別目的会社(SPC)とは
特定の事業や資金調達、資産の管理・運用などを目的として、期間限定で設立される法人。一般的には実体のないペーパーカンパニーとして運用されることが多く、不動産投資やM&Aなどのシーンで幅広く活用されている。
齋藤:
ただ、ファンドはSPCに100億円の資金を入れません。例えば、20億円入れるとします。
大橋:
20億円では100億円の会社を買収できませんよね?
齋藤:
100億円の会社を買収するためには100億円の資金が必要です。そこで、不足分の80億円を金融機関からの借入で補うのです。
これを、レバレッジをかけるといいます。
80億円は借入のため、操業しながら返済していくことになります。なので、実質20億円で100億円の会社を買収できるというわけです。
レバレッジとは
少ない自己資金を元手に、借入金などを利用して大きな金額の取引を可能にする仕組みのこと。成功すれば大きな利益が期待できる
大橋:
その100億円が私の手元に入る、ということですか。
齋藤:
その100億円のうちの2億円を、大橋さんが自分の会社に対して出資するのです。
SPCは20億円で大橋さんが経営している会社の100%の株式を取得しているので、大橋さんは2億円出資すると、100億円の価値がある会社の10%の株式を所有できることになるのです。
大橋:
100億円のうち現金として手元に入るのが98億円で、残りの2億円で10%の株主になる、というイメージですね。
齋藤:
そう。100億円の価値がある会社の株式の10%を2億円で持てる、というわけです。
上場後に株式の価格が上がれば、2億円以上のリターンを受け取れる可能性も残されます。
大橋:
それはお得ですね!
齋藤:
とってもお得です。これを専門用語では、”資金効率がいい”といいます。
借入の80億円を返さなければいけない以上リスクはありますが、リスクを負ってる分お得になるという話です。
2.自社の足りない部分を強化してくれる
齋藤:
前述しましたが、ファンドは企業を成長させて上場もしくは再売却することを目的とした会社です。
そのためファンドが買収した会社には、会社を大きくして上場させるために足りない要素がファンドから支援されます。
例えば経営者候補であったり、マーケティングに弱い会社にはマーケティングのプロ人材だったり、その会社にとって足りない部分の供給を受けられます。
また、ファンドは資金調達も得意です。資金調達に困難を感じている会社であればそこを手伝ってもらって、得た資金を使って会社を拡大させていくことも可能です。
大橋:
売主様としても、売却益を得た上でさらに上場に足りない要素を補ってくれるというのは嬉しいですね。
齋藤:
上場に必要なガバナンスも、ファンドが整えてくれます。売主様の会社は、ファンドに全ての準備を整えてもらって、上場を目指すことになるわけです。
3.企業の「色」を保ったまま上場が目指せる
齋藤:
もう1つの大きなメリットは、他社の色に染まらず会社を大きくして上場を目指せることです。
事業会社への売却となると、その傘下に入ることになります。そうなると親会社のシステムや企業風土に合わせていく必要が出てくる。
それが嫌だという創業者様は、企業としての「色」がないファンドに一旦売却する、という選択肢が最適解になり得ます。
大橋:
企業としての「色」がないとはどういうことですか?
齋藤:
そもそもファンドの仕事は、企業を買収し成長させて、企業価値を高めた上で再売却することです。
再売却した際の価格と買収時の価格の差額がファンドの儲けになる、という仕組みで成り立っています。
なので、事業会社としての色は持っていない。無色透明なんです。ファンドって。
大橋:
そうなると、ファンドに売却したら、結果的には将来また別の会社に売却されるということですよね。
齋藤:
おっしゃる通りです。一部の例外を除き、ファンドが買収した会社をずっと持っていることはあり得ません。
通常は再売却することになりますが、ファンドとしても上場が一番メリットが大きいんです。リターンが大きいので。
そのためファンドとしては、上場を目指せるような案件であれば目指します。ダメであれば、事業会社への売却。もしくは売主様が買い戻すパターンもあります。
大橋:
売主様が買い戻すパターンについてもう少し詳しく教えてください。
齋藤:
売主様がファンドへ会社を売却する際に、買い戻す権利をつけるケースがあるんですよ。
一旦上場を目指して売却はするけど、もしダメだった場合に他の会社へ売られるのは嫌だから、自分が買い戻す権利みたいなのがあれば欲しい、という要望を明確にしておけば、そのような設計も可能です。
大橋:
売主様としては、ファンドへ売却して、上場したら上場企業の創立者になれる。上場できなくても現場より大きくなった会社の経営者として返り咲ける。どちらに転んでもメリットしかありませんね。

ファンドと事業会社とを並行しての買い手探しはできる?

大橋:
売主様は、初めから「ファンドに売却したいです」と相談に来るのですか?
齋藤:
最初から「ファンドに売却したいです」という方は少数派です。
M&Aに対するご希望を明確にしていく中で、上場させたいという希望がでた場合はファンドの活用は必須ですが、それ以外の方は事業会社への売却も検討します。
大橋:
売主様との話の中で、ファンドへの売却を検討することになった場合は、並行して事業会社の買い手は探せないのでしょうか。
齋藤:
売主様の希望次第では可能です。
ファンドでも事業会社でもどちらでも良いという方は両方にアプローチをかけていきますし、逆にファンド以外には売却したくないと仰るなら、ファンド一本に絞ります。
ファンドへ会社を売却する注意点
大橋:
売主様が、自社をファンドへ売却したいという希望がある場合、注意すべき点はありますか。
齋藤:
まず、ファンドが買収できる会社の規模が決まっている点です。ある程度の規模を持つ会社でないと、ファンドは買収に応じません。
大橋:
中小企業の中でも特に規模の小さな会社や零細企業などは、そもそもファンドへ売却するという選択肢を持てない、ということですね。
齋藤:
あとは、売り手企業とファンドとの相性も注意点の1つです。ファンドによって得意な業種も違いますし、資金力もバラバラです。それに、売り手企業にファンドが関心を示し「ぜひ買収したいです。一緒に会社を大きくしていきましょう!」とならなければ買収は実現できません。
そこは実際に動いてみないと分からないところではありますが…。
大橋:
一括りにファンドといっても、本当に様々なのですね。
齋藤:
そうですね。あとは、買収後のサポートスタイルもファンドによってかなり差があります。専門用語でいうと、ハンズオンといいます。
M&Aにおけるハンズオンとは
買収や出資をした企業に対して親会社やファンドが役員や専門家を派遣し、経営や実務に深く関与する手法のこと
齋藤:
ハンズオンのファンドはしっかりと経営に入ってきて、二人三脚で経営に取り組んでくれる。経営人材が不足している場合は、ハンズオンのファンドを選ぶべきだといえます。
逆にあまり手をかけないタイプのファンドもあり、ハンズオンではない、と表現します。
しかし一概にハンズオンで、ファンドが手をかければ良いというわけではなく、例えば経営陣がしっかりしている売り手企業であれば、ハンズオンはそこまで必要にはなりません。
海外展開のノウハウや人材・人脈など、経営以外で必要な要素があれば、そちらの展開に強いファンドを優先すべきです。
大橋:
自社に必要な要素を持っているファンドを選ぶ、ということが大切なのですね。
齋藤:
そうですね。ファンドによって全然強みが違うので、しっかり比較検討して選ぶことが重要です。
大橋:
何社くらい比較検討するものなのでしょうか。
齋藤:
20社くらいですかね。
その上で5社〜10社くらいのファンドに案件として提案すると、濃く検討してもらえる可能性が高まります。
【事例】ファンドへ会社を売却した成功例1

大橋:
齋藤さんが扱った案件の中で、売主様的にはファンドでも事業会社でも良かったけど、最終的にファンドへ売却して大成功した、という事例はありますか?
齋藤:
ありますね。
教育系の事業を展開している会社の事例を挙げてみます。
経営者様は、M&Aのご相談に来られた最初はファンドでも事業会社でもどちらでも、という感じでした。しかしその会社は独自性のある教育方針を掲げていて、それに準じたメソッドで事業を展開していたんですね。
そしてそれに共感した先生方(社員)が集まっているので、方針の異なる同業他社の傘下に入った場合、社員たちがどう思うだろうと。そこを経営者様は心配されていました。
だったら色のないファンドに売却するのはどうでしょう、という話をさせていただいて、経営者様にもご納得いただき、結果的にはファンド一本で決め打ちで動くことになりました。
大橋:
ファンドなら、独自性のある教育方針を変えずに会社を大きくしていける、ということですね。
齋藤:
そうですね。結果的にファンドへの売却が成功して、今ではM&A前の5倍くらいの規模に成長しています。
詳しくはいえませんが、着々と上場準備を進めているようですよ。
【事例】ファンドへ会社を売却した成功例2
大橋:
では逆に、最初からファンドで!と決めていらっしゃった経営者様の事例を聞かせてください。
齋藤:
そこも独自の特徴を強く打ち出している会社でしたが、経営者様は、そろそろ自分は引退する年齢だと認識していらっしゃいました。しかし、会社に対しては大きな可能性を見出していて、「この会社にはポテンシャルがある。もっと伸びる会社なんだ」と仰っていました。
しかし後継者がおらず、人材も不足しているうえにマーケティングにも弱いという話がありまして。
けどそこさえ解決できれば、この会社はもっと伸びると確信を持っておられた。
だからファンドに売却して、会社を伸ばしたい。ゆくゆくは上場を目指したい、ということで相談に来られたのです。
大橋:
相談に来られる前にかなり詳細に自社のことを深掘りされてきたのですね。素晴らしい経営者様ですね。
齋藤:
そうですね。かなり明確なビジョンを持っておられました。ここまで深掘りできているというのは、相談者様の中でも少数派ですね。
結果的にファンドへの売却が成功し、現在は鋭意成長中です。
大橋:
売主様の希望は叶ったのですね。
齋藤:
上場という最終目標にはまだ届いていませんが、そこへ至る道筋が見えて歩み始めた、というところですね。
ファンドはどこにある?
大橋:
では、最後の質問です。
普段生活していて、ファンドというのは街中でも見かけないし聞きなじみもないと思うのですが、日本中にたくさん存在するのでしょうか。
齋藤:
全国で100社以上あります。
ファンドはその仕事内容からいっても一般の方に認知してもらう必要がないため、看板などは掲げていないのです。だから、普段街を歩いていても見かけることはほとんどありません。
大橋:
知らないだけで、実はたくさんオフィスがあるのですね。
齋藤:
結構いいところにオフィスを構えているファンドが多いです(笑)
大橋:
そうなんですね(笑)
質問は以上です。今回もありがとうございました。
まとめ

会社を飛躍的に成長させ、将来的な上場(IPO)を望む経営者様にとって、ファンドへの売却は非常に強力な選択肢となります。
なぜなら、ファンドは経営幹部候補や専門人材の派遣、資金調達およびガバナンスの構築など、上場に必要なあらゆるリソースを供給し、最短ルートでの成長を後押ししてくれるからです。
ファンド活用の大きなメリットとして、主に以下の3点が挙げられます。
- 高い資金効率(レバレッジ効果)
会社を100%売却した後も、SPC(特別目的会社)を通じて一部の株式を出資・再取得することで、極めて少ない負担額で上場時の大きなリターンを狙える。 - 自社の「色」の維持
ファンド自体は特定の事業色を持たない「無色透明」な存在のため、長年培ってきた企業文化や独自の方針を壊すことなく規模を拡大できる。 - 柔軟な出口戦略
万が一上場に至らなかった場合でも、あらかじめ経営者が株式を買い戻す権利を設定しておくなど、希望に合わせた柔軟な設計が可能。
現在、日本国内には100社以上のファンドが存在しますが、得意とする業種や買収規模、経営への関与度合い(ハンズオンか否か)は千差万別です。
自社に不足している要素を正確に把握し、最適なサポートを提供してくれるファンドを複数社から比較検討することが、M&A成功と上場へのカギとなります。














