M&Aで会社を売ることを決断した中小企業の経営者様の多くは、恐らくそのM&Aが一生に一度の経験になるでしょう。
一生に一度の、それも手塩にかけて大切に育てた自分の会社を売却するという決断は、生半可な気持ちでは下せません。
そのような大きな決断ですから、絶対に成功させたいという気持ちも強いのではないでしょうか?
会社や従業員の未来がかかっていますし、自分のリタイア後の生活にも大きく関わりがあることなので、絶対に成功させたいです!
そこでこの記事では、M&Aを成功へ導くために押さえておきたいポイントについて解説します。
- そもそもM&Aの成功とはどんな状態か
- M&Aを成功させるポイント
- M&Aを成功させるために自分や会社がやるべきこと
M&Aで会社売却を成功させたい経営者様は、ぜひチェックしてくださいね。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:そもそもM&Aの成功とは?
- M&Aを成功させたい
- M&Aを失敗したくない
上記のように考える経営者様は多いかと思いますが、そもそも「M&Aが成功した」といえるのはどんなケースなのでしょうか。
実は、M&Aの成功に厳密な定義はありません。
売り手・買い手双方がM&Aに期待していた効果を実現できたときに、そのM&Aは成功したといえるのです。
とはいえ買い手の立場からすると、M&Aの成功は「M&Aに期待していた効果が得られて企業の成長が実現した」点に集約されます。
簿外債務などの偶発債務もなく、期待していたシナジー効果が得られたならそのM&Aは成功したといえますね。
では、売り手側にとっての成功はどんな状態を指すのでしょうか。
売り手は抱えている事情によってM&Aの目的が様々です。問題なく譲渡が成立して、自分が思い描いていた目的を達成できたら成功だと考えて良いですよ。
- 予想していたシナジー効果が発揮され、企業が成長した
- 希望に近い価格で会社を売却できた
- M&Aで第三者への事業承継が実現した
- 赤字企業の売却に成功した など
ただし、上記で挙げた目的を達成できても、M&A後に損害賠償請求などのトラブルが発生した場合は残念ながら失敗だったといえるでしょう。
2章:M&A前に取り組んでおきたいポイント
M&Aを成功させるためには、事前準備が重要です。
なぜなら一度M&Aプロセスが幕を開けると、ゆっくり考える時間を全く取れなくなるくらい忙しくなるからです。
またM&Aへのビジョンや条件の希望など、交渉の上で軸になる部分を作っておくと、悩んだときの判断基準になります。
M&A交渉の場で社長はたくさんの決断を迫られます。その1つ1つをほぼ1人で決めていかなければならないため、事前に判断基準を作っておくんですよ。
なるほど。判断基準が明確になっていれば、突拍子もない判断をしてしまう可能性が低くなりますね。結果的に理想に近いM&Aが実現できそうです。
ここからは、M&A前に取り組んでおきたい事前準備のポイントについて詳しくみていきましょう。
2-1 M&A後のビジョンを明確にしておく
M&A前に取り組んでおきたいポイントの1つめは、M&A後のビジョンを明確にしておくことです。
M&A後に社長自身や会社がどうなっていたいのか、つまり「M&Aで実現したいこと」を洗い出しておいてくださいね。
- 社名を残したいか
- 会社がどうなっていたいのか
- 社長自身は引退したいのか、会社に残りたいのか
- 引退するならその後何をして生きていくのか
特に上記4点については、M&Aのお相手を探すうえで大切なポイントになります。ご自身の考えを明確にしたら、メモなどに残しておきましょう。
「こうなりたい」という目標を明確に持っていれば、そこへ向かってベストな選択を積み重ねていくだけで理想のM&Aへ着実に近づけますよ。
2-2 会社の強み・弱みを明確化しておく
より自社にマッチした買い手候補と出会うために、自社の強みと弱みを明確化しておきましょう。それにより、以下のメリットを得られます。
- 自社の強みを活かせる買い手候補を探せる
- 自社の弱みをカバーしてくれる買い手候補を探せる
- 自社の弱みを克服するきっかけになる
強みと弱みを明確にすることで、自社にマッチした買い手探しができるというわけですね!
そうなんですよ。こちらも前項と同様に、洗い出した強み・弱みは文書にして残しておいてくださいね。
○強みはより伸ばしておく努力を
優秀な人材・販売のネットワーク・独自の技術など、見つけ出した強みはより磨き上げ、他社との差別化を図りましょう。
他社にない強みは会社にとって資産となり、売却価格に良い影響を及ぼします。
○弱みやマイナス要素は改善しておく
明らかになった弱みは、会社売却までの期間に克服するチャンスです。
たとえ完全に克服できなくても「対策を講じて実行中」という事実が評価されるケースもあるため、改善へ向けて動き出してください。
弱みの存在は売却価格に影響を与えます。ただし改善へ向けて動いている事実の存在で一気にプラスイメージへ転換できるため、積極的に対応しましょう。
2-3 業績向上・経費削減に取り組む
買い手から提示される買収価格は、売り手が持っている企業価値を基準にして算出されます。
ということは、企業価値が高いと判断されれば良い条件が提示される可能性が高いということですね。
その通りです。M&Aを決意した後でも、企業価値を高められる可能性は残っているんですよ。
企業価値を高めるために即効性のある有効な手段として、業績の向上や経費削減が挙げられます。
M&Aプロセスを始める前に少しでも企業価値を高めて、理想のM&A実現を目指しましょう。
2-4 社長に依存している仕事を減らしておく
M&Aで会社を売却した後の社長は、買い手へ経営を引き継ぐ期間が発生します。経営の引き継ぎにはおよそ3ヶ月~1年程度の期間を費やすケースが一般的です。
しかし事情があって引退を急いでいる場合などは、この引き継ぎ期間がネックとなることが多いようです。
そこで引き継ぎに必要な期間を減らすために、仕組み化で社長に依存している仕事を減らしておきましょう。
人に依存することなく業務が回る仕組みを社内に構築すること
仕組み化が整えば、社長の仕事の多くは他の従業員に任せられるようになるでしょう。
そして社長に依存する仕事の割合が減ったぶんだけ、引き継ぎに必要な期間も短縮できるのです。
さらに業務が効率的になり、業績へも良い影響を与える可能性があります。
構築した仕組みそのものも会社にとって独自の資産になるので、売却価格にも良い影響を与えられる可能性が高いですよ。
2-5 社内規程等を整備する
自社の価値を高める取り組みの一環として、社内規程等の整備が挙げられます。
- トラブルの回避ができる
- リスクの抑制ができる
- 不祥事や不正の防止が期待できる
社内規程に従って行動することで、より規律正しい環境になりそうですね。
さらに、社内規程で業務のマニュアル化を図れば、業務フローの確立に役立ちます。
日々の業務を人依存からマニュアルに依存することでムラや無駄がなくなり、業務効率化につながるんですよ。
業務効率化が実現したら業績も伸びそうです。そうしたらさらに企業価値が高まりますね!
その通りです。これも仕組み化の1つだといえますね。
2-6 分散した株主の有無を確認する
非上場の中小企業の中には、社長であるオーナー自身が知らないところで株式が分散しているケースがみられます。
えっ、私が100%の株式を所有しているものだと思っていましたが、違う可能性があるってことですか。
2代目や3代目など、第三者から会社を継いだケースでたまにみられる現象なんですよ。
中小企業のM&Aでは、多くの買い手が売り手の株式を100%所有することを望みます。
そのため株式が分散しているケースでは、M&Aそのものが破談になる可能性も出てくるのです。
M&Aプロセスを開始する前に、本当に社長自身が100%の株式を所有しているか確認しましょう。
もし株式の分散が判明した場合は、適正価格で買い取るなどして100%の株式取得を目指してください。
2-7 信頼できる相談先を見つけておく
M&A交渉は、高度な専門知識と豊富な経験が必要です。
しかし売り手としてM&Aに臨む社長は、初めての会社売却となるケースがほとんどです。
その一方で買い手は既に企業買収を経験していることが多いため、買い手優位で交渉が進んでしまう可能性も否めません。
そこでお互いに対等な立場で交渉を進めるためにも、信頼できる相談先を見つけておくと良いでしょう。
とはいえM&Aは情報漏洩に細心の注意を払わなければなりません。身近な人よりも、機密保持のしっかりした専門家に相談することをおすすめします。
特にM&A交渉の窓口となるM&Aコンサルタントは、信頼できる人物を選んでください。
信頼できる相談先の見つけ方を教えてください。
複数のM&A仲介会社で相談をすると良いですよ。何社か回っているうちに「この人についていこう」と思えるコンサルタントに出会える可能性が高まります。
また、地域の商工会議所でも無料でM&Aの相談ができます。ただし仲介を依頼する際には、商工会議所の会員になる必要があるため注意してください。
3章:M&Aそのものを成功させるポイント
M&Aはしばしば結婚に例えられます。結婚が「ご縁とタイミング」といわれるように、M&Aもまた「ご縁とタイミング」が成功のポイントなんですよ。
他にもM&Aそのものを成功させるポイントとしては、適切な買い手選びや買い手と良好な関係を築くことも挙げられます。
また、会社の資産でもある従業員にM&Aを告知するタイミングも、成功のポイントの1つです。
自分が考えている条件を実現するためのポイントも知りたいですね。
ここからは、M&Aそのものを成功させるポイントについてみていきましょう。
3-1 ”会社の売り時”を逃さない
M&Aにおける会社売却は、売れやすい時期とそうでない時期が存在します。
- 業界全体の株価が上がっている時期
- 会社が成長を続けている時期
売却を検討している会社が上記の時期にあるときは、M&Aも成功しやすいといえるでしょう。
逆に業界全体の株価が下がっている時期は、余裕があれば様子見をして、M&Aを実行する時期をずらすことも検討してください。
ただし業績が下降していて自力では立て直せないと判断した場合は、速やかに売却へと舵を切るべきです。
倒産という最悪の事態を避けるために一刻も早くM&Aへと動き出し、早めに売り切りましょう。
業績が下降の一途をたどっているケースでは、「売れる値段で売る」くらいに考えた方が良いかもしれませんね。
たしかに売却希望価格にこだわっている場合ではないといえますね。
最適な売却タイミングを見極めるためにも、M&Aの検討を始めたら早めに専門家へ相談してください。
3-2 シナジー効果の望める買い手を探す
M&Aは、売り手と買い手が良い影響を与えあうことで、企業としての成長スピードが加速します。
そのため、お互いがお互いを高め合える要素を持った相手を選ぶ点が、M&Aを成功させるポイントの1つです。
2社の統合により1+1以上の効果を得ることをM&A業界ではシナジー効果と呼んでいます。
シナジー効果が期待できる相手であればM&A後の急成長が見込まれるため、会社の売却価格にも良い影響を与える可能性が高まります。
3-3 経営者どうしの相性が良い買い手を探す
M&Aは企業どうしの取引というイメージが強いかもしれません。しかし条件の交渉などにおいては、人対人の取引という性格が強いものです。
そこで会社のビジョンや経営への考え方など、経営者どうしで共感し合える要素が多い買い手との出会いが重要となってきます。
社長としても、考え方が自分と似ていて信頼できる社長が経営している企業に自社の未来を任せたいと思いませんか?
たしかにおっしゃる通りです。逆に信用できない人に大切な我が社を託すことはできませんね。
また、考え方が似ている社長が経営する企業どうしは似た雰囲気を持つことが多く、M&A後の統合作業もスムーズに完了しやすい一面を持っています。
考え方が似ている社長どうしだと企業風土も似ていることが多いので、同じ方向を向いて歩んでいきやすいんですよ。
3-4 自社の希望を早い段階で仲介会社に伝える
従業員の処遇・社長自身の処遇・個人保証や連帯保証の解除など、M&Aの初期段階で買い手へと伝えておくべき事項が存在します。
逆に上記の項目を「後出し」すると、条件が通らないばかりか譲渡価格の減額や破談にもつながりかねません。
そのため準備段階で明確化した「M&Aで実現したいこと」は、早めに相手へ伝えましょう。
しかし、売り手社長本人からは、なかなか伝えづらいこともあるでしょう。直接伝えることで角が立つ懸念を抱く項目もあるかもしれません。
そのような項目はM&A仲介会社を介すれば、相手へスムーズに伝えられます。
言いにくいこともM&A仲介会社が代わりに伝えてくれるなら安心ですね。
3-5 隠し事はしない
より良い条件でのM&Aを実現させたいあまり、虚偽の申告をしてはいけません。
M&Aの基本的な条件に合意が得られると、買い手はデューデリジェンス(DD)を実施します。
買い手企業が売り手対象会社の実態を詳細に調査すること。デューデリジェンスの結果を元に、最終譲渡価格が決定する
このデューデリジェンス時に簿外債務や粉飾が明らかになったり、都合の悪い情報を意図的に隠していたことが発覚したりすると、買い手企業からの信頼を大きく損なってしまいます。
その結果としてM&A交渉が破談になる可能性もあるため、買い手企業には正確な情報を提供しましょう。
隠していた事実の内容によっては、訴訟へと発展するリスクをはらんでいます。良いことも悪いことも、包み隠さず全てを買い手へ伝えましょう。
訴訟を起こされるということは、損害賠償請求される可能性が高いということですよね。気を付けます!
3-6 従業員への告知タイミングに留意する
M&Aを成功させるポイントの1つとして忘れてはいけないのが、適切なタイミングで従業員への告知を実施することです。
自分が働いている会社がM&Aで売却される事実を知った従業員は動揺し、「自分や会社は今後どうなってしまうのか」と不安に駆られます。
自分や会社の将来に不安を感じた従業員は退職を選択する可能性が出てくる。
従業員は、会社の資産として譲渡対象になっているケースが一般的です。
そのため従業員が退職する=資産の減少と捉えられ、売り手の信用や売却価格にも影響を及ぼすでしょう。
M&Aを発表するタイミングが早すぎると従業員の処遇が明確に決定していない場合があるため、従業員は自分の雇用や処遇について不安を覚えやすいものです。
反対に遅すぎるタイミングでの発表は、「ギリギリまで隠ぺいしていた」との誤解を生みかねません。
M&Aを従業員へ発表する一般的なタイミングは以下の通りです。
- 経営幹部…基本合意契約の締結後
- 全従業員…最終譲渡契約の締結後
ただし上記のタイミングはあくまでも一般的なものであり、ベストなタイミングは会社の雰囲気や社長との距離感によって異なります。
担当のM&Aコンサルタントともよく相談して、自社にとって最適なタイミングを検討してください。
4章:M&A完了後に注意しておきたいポイント
M&Aは、譲渡手続きが完了すれば終わりというものではありません。
M&Aに期待していた効果を得るためには、M&A完了後にも注意すべきポイントがあります。
M&Aが無事に完了しても、その後の行動次第では「このM&Aは失敗だった」と言わざるを得ない結果になる可能性が出てくるため注意が必要ですよ。
具体的にはどんなことが起こり得るんでしょうか?
業績の悪化や、最悪のケースだと売り手が買い手企業から損害賠償請求の訴えを起こされる可能性もあるんです。
それは大変だ!M&A手続き完了後も気は抜けませんね。
4-1 統合作業(PMI)の進め方に注意する
M&Aで譲渡手続きが完了し経営権が買い手企業に移ると、グループ企業としての統合作業が始まります。
しかし統合作業の進め方やスピード感によっては、従業員が新しい環境や起こった変化をスムーズに受け入れられない場合があります。
また、新しいシステムや制度の受容に時間がかかることも多いものです。
そのため、通常業務が増えて従業員の負担が増えたり、強いストレスを感じたりするケースも多いでしょう。
従業員の混乱を最小限に抑え、新しい体制でのスタートをスムーズなものにするためには、慎重かつ丁寧に2社の統合作業を行う必要があります。
2社の統合作業は、従業員の負担が軽い項目から始めると効果的
従業員が受け入れやすいところから統合作業を始めることで、彼らにかかる負担を軽減できます。その結果、統合作業の成功率を高められるのです。
4-2 積極的に従業員のケアを行う
従業員のケアについては、M&Aプロセス中からM&Aの完了後しばらくは積極的に行っていきたいものです。
M&Aプロセス中は、従業員が抱える不安や疑問点を解消し、安心して買い手企業で働いてもらえるように働きかけましょう。
M&Aプロセス中に従業員に対して行うべきケアの一例は、以下の通りです。
- 適切なタイミングでM&A実行の告知を行う
- 不安や疑問点を適宜聞き取り、解消に努める
- 買い手担当者と面談の機会を設ける など
一方で、M&A完了後は2社の統合作業による混乱が起こる可能性があります。
そのため、統合作業に関わる従業員への配慮が必要になります。
従業員の負担が増えすぎていないか気を配り、あくまでもこの混乱は一時的なものである旨を理解してもらいましょう。
M&A後に従業員が大量退職すると、契約内容によっては売り手がペナルティを受ける可能性があるので注意が必要ですよ。
まとめ
売り手・買い手双方がM&Aに期待していた効果を実現できたときに、そのM&Aは成功したといえます。
そしてM&Aを成功させるためには、いくつかのポイントに注意しながらプロセスを進めていく必要があるのです。
売り手がM&Aを成功させるために、M&Aプロセス前に取り組んでおきたいポイントは、主に以下の7点です。
- M&A後のビジョンを明確にしておく
- 会社の強み・弱みを明確化しておく
- 業績向上・経費削減に取り組む
- 社長に依存している仕事を減らしておく
- 社内規程等を整備する
- 分散した株主の有無を確認する
- 信頼できる相談先を見つけておく
次に、M&Aそのものを成功させるポイントとしては、主に以下の6点が挙げられます。
- ”会社の売り時”を逃さない
- シナジー効果の望める買い手を探す
- 経営者どうしの相性が良い買い手を探す
- 自社の希望を早い段階で仲介会社に伝える
- 隠し事はしない
- 従業員への告知タイミングに留意する
特に会社を売却するタイミングや相手探しによって、売却価格は大きく左右されますよ。
より良い条件で会社を売却したいのであれば、相手探しのポイントにしっかりと注意しなければいけませんね。
また、M&Aは手続きが完了すれば終わりというわけではありません。M&Aに期待していた未来を実現するために、統合作業の進め方には注意が必要です。
さらに従業員の退職を防ぐため、M&A後も積極的に従業員のケアを行いましょう。
悩んだときはいつでも担当のM&Aコンサルタントに相談してくださいね。