現代日本において、中小企業のM&A件数は年々増加しています。
そのような時代背景もあって、会社の将来のためにM&Aを検討している方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
しかし中小企業の経営者にとって、M&Aで会社を売却する機会はおそらく一生に一度あるかないかだと思います。
まさに私も一生に一度のM&Aを検討しているところです。やるからには絶対に失敗したくないので、色々と情報を集めているところです。
この記事では、M&Aを成功へ導くために欠かせない事前準備の中でも、M&Aプロセスを始める前に考えておきたい希望条件について解説します。
- M&Aの準備段階で考えておくべき希望条件の詳細
- M&Aの希望条件を明確化する際に注意すべき点
この記事を読めば、理想のM&Aを成功させるポイントの1つが掴めます。M&Aを失敗させたくない方は必見です。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:M&Aに希望する条件を明確にしておく必要性
M&A交渉において、売り手はたくさんの重要な決断をほとんど1人で下さねばなりません。
そして迫られる決断の中には、譲歩が必要なものがいくつも出てくる可能性があります。
しかしその全てを譲歩していると、思い描いていた理想のM&Aからは遠ざかってしまう可能性が高まってしまいます。
そのため、譲歩できる条件と譲れない条件をあらかじめ決めておき、ご自身の中でM&Aの軸を作っておくことが重要なのです。
自分の中に明確な基準を持って交渉に臨めば、決断に迷った際の基準になります。そして何より、M&A交渉においてブレない軸となってくれますよ。
なるほど。ブレない軸を持っていれば、多少回り道をしたとしても思い描いていたゴールに近い場所へ着地できそうですね。
2章:M&Aを始める前に売り手が考えておきたい条件
M&Aに希望する条件は、M&Aの検討段階で明確にしておきましょう。
なぜなら、一度M&Aプロセスが幕を開けると、条件についてゆっくり考える時間を全く取れなくなるくらい忙しくなるからです。
M&Aを始める前に売り手が明確にしておきたい条件は、主に以下の6項目です。
これらの項目については、M&A仲介会社へ買い手探しを依頼する時点では明らかにしておくと良いでしょう。
上記6項目について、以下で詳しく解説していきます。
2-1 大まかな売却希望価格
M&Aは、少しでも良い条件で売却したい売り手と、少しでも安く買収したい買い手が交渉の場に着きます。
お互いの希望が相反している交渉のため、安く買いたたかれないためにも、売却希望価格をあらかじめ設定しておくことが重要です。
そもそも売却価格の目安が分からないので、いくらに設定すれば良いのか見当もつきません…。
たしかにM&Aには相場という概念がないので分かりづらいですよね。売却希望価格は、会社の純資産(時価)+営業利益の3~5年分を目安にすると良いですよ。
ただし上記の算出方法はあくまでも目安です。買い手が提示する金額と大きく異なるケースも、実際に数多く存在します。
2-2 希望する売却完了時期
M&Aの目的が社長の引退である場合は「いつまでに引退したいか」という時期を明確にしておきましょう。
M&Aで会社を売却する際には、6ヶ月~1年程度の期間を要するケースが一般的ですが、必ずしもその期間内に売却完了できるとは限りません。
M&Aプロセスには遅延が発生しやすい
さらにM&A成立後には、経営の引き継ぎが必要です。経営の引き継ぎには、平均して3ヶ月~1年半程度の期間を要するケースが多いようです。
M&Aの検討時には、引き継ぎ期間を考慮に入れたスケジューリングが重要なんですね。肝に銘じます。
そうですね。あとは単純に、交渉が間延びすると失敗しやすいというデメリットもありますよ。
引退したい時期から逆算して、さらに余裕を持たせたスケジューリングでM&Aプロセスを開始する時期を決定することが、スムーズな引退を実現するポイントだといえるでしょう。
2-3 M&A後の従業員の処遇
M&Aでは、基本的に従業員の雇用はそのまま継続されます。
雇用条件自体に大きな変化は見られないケースが一般的ですが、配属先や勤務地などの細かい条件は変更になる可能性があります。
従業員の中には転勤への対応が難しい方や、大きな環境の変化が苦手な方がいるかもしれません。
そのような方たちにM&A後も安心して働いてもらえるように、従業員の処遇については希望を明確にしておきましょう。
もちろん、従業員の雇用継続は譲れない第一条件として掲げてくださいね。
雇用は基本的に継続されるとはいえ、そこは譲れない条件ですね。
2-4 既存取引先との取引継続
「取引先との関係をどうしたいか」という点も、M&Aに希望する条件としては外せません。
たしかに長年にわたり良好な関係を築いてきた取引先との関係は、今後も継続したいものです。考えておくということは、継続できない可能性もあるってことですか?
コスト削減や業務効率化を目的として、M&Aを機に取引先の見直しが実施されるケースもあるんですよ。
特に中小企業の場合「親の代からの長い付き合いだから」といった理由でお付き合いが続いている取引先があることも。
義理人情を大切にする点は日本人の良いところでもありますが、ビジネスの場では思い切って断ち切る勇気も時には必要になるでしょう。
既存取引先との取引継続については、冷静かつ客観的な判断が求められます。
2-5 M&A後の社長自身の処遇
株式譲渡や合併など、会社を丸ごと譲渡するスキーム(手法)でM&Aを実行した場合、社長は経営者の立場から退くことになります。
経営者の立場から退いたら、引退の道しか残されていないのでしょうか。
買い手との交渉次第ではありますが、いくつかの選択肢から選べますよ。M&Aに自分自身がどうなりたいのかは、早めに考えを固めておいた方がいいですね。
M&A後の社長の処遇は、主に以下の3つです。
- 引き継ぎ後に引退して第二の人生をスタートさせる
- M&A後もそのまま社長として働き続ける
- M&A後は役員や一般社員として会社に残る
上記3点はポピュラーな順に並んでいます。後継者不在の中小企業が事業承継目的でM&Aを実行した場合、社長は引退するケースが多いですよ。
引退するにしても会社に残るにしても、買い手側の了承を得る必要があります。
そのため買い手を探す段階で、M&Aの条件として社長自身の処遇を盛り込むケースが多くみられます。
買い手が決まってから自身の処遇についての希望を出しても、通らない場合があるので注意してくださいね。
2-6 個人保証や連帯保証の解除
中小企業を経営している社長の多くは、銀行から融資を受ける際に個人保証(経営者保証)を負っていたり会社の連帯保証人になっていたりします。
この個人保証や連帯保証は、M&Aの交渉で外せる可能性が高いのです。
事業譲渡では個人保証や連帯保証は外せない
株式譲渡や合併など会社の資産を包括的に引き継ぐスキームを選択した場合は、個人保証や連帯保証の解除をM&Aの条件として掲げることをおすすめします。
個人保証や連帯保証が解除できたら一気に肩の荷が下りますね。
ただし個人保証や連帯保証の解除については、買い手の合意の他に金融機関からの承認が必要です。
M&Aが完了して、代表者が買い手に移ってからの手続きになりますよ。
3章:M&Aに希望する条件についての注意点
M&Aプロセスを開始する前に希望する条件について明確にしておく必要性が分かりましたが、希望条件を明確化する際に注意すべき点はありますか?
そうですね。注意してほしいポイントが2つあるので、詳しく解説していきますね。
3-1 希望した全ての条件が通るとは限らない
M&A前に考えておくべき希望条件として6点をご紹介しましたが、明確化した全ての条件が通るとは限りません。
むしろ希望が通らない条件の方が多いと考えておいた方が良いかもしれません。
明確化した条件には優先順位を付けておく
キッチリと優先順位を付けるのが難しいようなら、絶対に譲れない条件・場合によっては譲っても良い条件・柔軟に対応できそうな条件の3つくらいに分類しておきましょう。
なるほど。絶対に譲れない条件を満たしてくれる買い手候補と出会えたら、他の条件を調整すればM&Aの成立にグンと近付きますね!
そうなんです。そもそも全ての条件を満たしてくれる買い手候補と出会える可能性自体も低いんですよ。
希望条件に優先順位を付けて柔軟に対応できる体制を整えておけば、理想に近いM&Aを実現できる可能性が高まります。
3-2 数字には幅を持たせて設定しておく
売却希望価格や希望の売却完了時期など、数字として希望条件を明確化しておく項目については、数字に幅を持たせて設定しておくことをおすすめします。
例えば売却希望価格を明確化するときは「2億円」とピンポイントで決めるよりも、「1.5億~2億くらい」という具合に幅を持たせて設定しておきましょう。
幅を持たせて設定しておく理由は何ですか?
基本合意契約を2億で締結しても、その後のデューデリジェンスの結果次第で価格が下がってしまう可能性があるからですよ。
なるほど。「2億だから基本合意契約を締結したのに!」とガッカリしてしまわないように、ということですね。
希望売却価格に幅を持たせておくべきもう1つの理由として、より多くの買い手候補企業とマッチングできるように、という点が挙げられます。
「2億は予算的に厳しいけれど、1.5億でいいならぜひ買収したい!」と考える買い手候補が現れるかもしれませんからね。
なるほど。より自社にふさわしい買い手企業を見つけるためにも、売却希望価格には幅を持たせた方がよいのですね。
また、希望の売却完了時期についても同じことがいえます。
スケジュールに余裕がないと、いくつかの買い手候補企業はM&Aの検討から手を引いてしまう可能性があるのです。
より多くの買い手候補企業と出会う可能性を高めるために、希望の数字には幅を持たせてください。
まとめ
M&A交渉のブレない軸を作るためには、M&Aプロセスへ踏み出す前に希望の条件について整理し、明確化しておくことが重要です。
明確化しておきたい希望条件は、主に以下の6点です。
- 大まかな売却希望価格
- 希望する売却完了時期
- M&A後の従業員の処遇
- 既存取引先との取引継続
- M&A後の社長自身の処遇
- 個人保証や連帯保証の解除
ただし明確化した全ての希望条件が通るとは限らないため、優先順位を付けておきましょう。
優先順位を付けるのが難しいようであれば、絶対に譲れない条件・場合によっては譲っても良い条件・柔軟に対応できそうな条件の3つに分類しても良いでしょう。
思い描いていた理想のM&Aを実現させるためにも、ぜひ希望条件について明確化しておいてくださいね。