M&Aにおいては売り手や買い手の利益を守るための制度がいくつか存在します。その中の1つが独占交渉権です。
独占交渉権はM&Aの基本合意契約書内に盛り込まれる条項の1つで、買い手を守るために存在しています。
買い手側に深く関わる項目なのですね?売り手である私にはあまり関係のないことなのでしょうか。
売り手にも大きく関係がありますよ。独占交渉権の意味や役割をしっかり把握していないと、多大な損失を被る恐れが出てきます。
独占交渉権に違反すると、売り手に対して損害賠償請求などの法的措置が取られる可能性が出てきます。
そのため売り手側も独占交渉権についてよく知っておかねばなりません。
この記事では、独占交渉権の内容・注意点・メリット・デメリットについて解説しています。
独占交渉権に違反して買い手から裁判を起こされることのないよう、しっかりと確認しておきましょう。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:独占交渉権とは?
独占交渉権は買い手を守るための権利で、売り手が他の買い手候補とM&A交渉を行うことを禁止する旨を取り決めたものです。
独占交渉権は、売り手が買い手に対して与える権利
つまり、売り手企業が他の買い手候補に横取りされてしまわないために、基本合意契約を締結した買い手に与えられる権利ということです。
ドラフト会議で交渉権を獲得するイメージですね!
M&Aのお相手選びはくじ引きではありませんが、ニュアンスとしては合っていますよ(笑)
2章:独占交渉権は基本合意契約書内に盛り込まれる
独占交渉権はいつ登場するものなのでしょうか。出会った瞬間に独占交渉権が発生すると、売り手は買い手候補を比較検討できませんよね?
安心してください。独占交渉権は売り手が買い手候補を1社に絞り込み、基本合意契約を締結する際に条項として盛り込まれるんです。
上記の図でいくと、独占交渉権の付与は3番めの項目です。複数の買い手候補が現れた場合は、最初の項目「買い手候補企業の選定」で比較検討を行います。
M&Aで売り手はまず買い手候補企業を比較検討し、気になる企業とトップ面談を行います。
その後に基本的なM&Aの条件をすり合わせ、お互いにM&A実行へ向けて前向きに進めていくと決めたら基本合意契約を締結します。
その基本合意契約書の中に、独占交渉権に関する条項を盛り込むのです。
売り手が基本合意契約を締結する相手は、基本的に1社のみ
独占交渉権が盛り込まれた基本合意契約を締結した後の浮気は厳禁ですよ。
3章:M&Aにおける独占交渉権の注意点
独占交渉権は、売り手自身が不利になる権利を買い手に対して付与するものです。
そのため売り手には、独占交渉権を積極的に付与することに抵抗を感じる人も少なからず存在します。
ただし買い手としては、独占交渉権のないM&Aを不安に感じる企業も多いでしょう。
ここではM&Aにおける独占交渉権の注意点についてみていきましょう。
3-1 独占交渉権に設けられる期間に注意
独占交渉権が買い手に付与されている期間中において、売り手は他の買い手候補とM&A交渉ができない点に注意が必要です。
独占交渉権は一般的に、3ヶ月~4ヶ月程度の期間が設けられる
なぜ3ヶ月~4ヶ月なのですか?
法的なルールは決められていないのですが、基本合意契約の締結~決済の完了までにおよそ2ヶ月~4ヶ月の期間を要することが関係しています。
なるほど。買い手を守るための独占交渉権ですもんね。決済の完了まで安心して取引できるように、ということですね。
そうですね。とはいえお互いが納得できる期間をしっかりと話し合った上で決定することが大切ですよ。
3-2 独占交渉権の法的拘束力に注意
独占交渉権には、法的拘束力を持たせることが一般的です。
取り交わした約束に違反が認められた場合、裁判を通じて強制的に約束の実行を実現させたり、相手方の約束違反によって被った損害の賠償を請求したりできる力のこと
つまり、独占交渉権が効力を発揮している期間中に売り手が他の買い手候補とM&A交渉を行うと、買い手から損害賠償を請求される可能性があるのです。
実際に独占交渉権違反で裁判になった事例をみてみましょう。
基本合意契約に違反して訴訟に発展した例
買い手…住友信託銀行
売り手…UFJホールディングス(現:三菱UFJフィナンシャル・グループ)
2004(平成16)年に両者間で業務提携に関する基本合意書が締結されました。
この基本合意書では、買い手の住友信託銀行がUFJホールディングスに対して独占交渉権を得るとされています。
ところがUFJホールディングスは、基本合意書締結後わずか2カ月ほどで三菱東京フィナンシャルグループと交渉を始め、住友信託銀行に対して独占交渉権の解約を通告したのです。
その結果、基本合意契約に違反したUFJホールディングスは、住友信託銀行から訴訟を起こされています。
この裁判は2006(平成18)年に和解が成立し、UFJホールディングス側から住友信託銀行に対して25億円の解決金が支払われました。
独占交渉権に違反したことで、売り手は25億円もの解決金を支払うことになったのですね…。法的拘束力恐ろしや…。
大企業どうしのM&Aだったこともあり、金額の大きさに驚きですよね。しかし中小企業でも、規模は違えど同じことが起こる可能性は十分ありえますよ。
ひええ。そういえばUFJは2024年の今は「三菱UFJ銀行」ですよね。ということは…。
お察しの通り、このM&Aは破談になっています。買い手としても、約束を守れない相手とのM&A実行は難しいですよね。
たしかに。信頼できない相手とはM&Aしたくないです。「また裏切られるかもしれない」と思ってしまいますね。
4章:独占交渉権を付与するメリット・デメリット
売り手と買い手の思惑が相反する性格を持っている独占交渉権ですが、なぜ売り手は買い手に独占交渉権の付与が必要なのでしょうか。
また、独占交渉権を付与することで被るデメリットはあるのでしょうか。
ここでは、売り手がM&Aの独占交渉権を買い手に付与することで得られるメリット・デメリットを確認しておきましょう。
4-1 独占交渉権の持つメリット
独占交渉権は、一見すると売り手にメリットがないように感じます。
しかし実は、売り手にとっても大きなメリットをもたらしてくれる一面があるのです。
買い手の気持ちになって考えてみると分かりやすいですよ。詳しくご紹介していきますね。
○買い手に安心感を与えられる
売り手が買い手に独占交渉権を付与するメリットとしては、買い手に安心感を与えられる点が挙げられます。
売り手は買い手に対して「M&A実現に向けて誠意を持って交渉を進めます」という意思表示ができるというわけです。
「浮気しません!あなた一筋です!」と宣言するイメージですね。法的拘束力もあるため、買い手にとっては安心ですね。
そうですね。売り手はM&A実行へ向けて、覚悟を決めるタイミングになるともいえます。
○買い手がM&A実行のため真剣に向き合ってくれる
M&Aにおいては、基本合意契約の後に買い手がデューデリジェンス(買収監査)を実施します。
買い手によって実施される、譲渡対象企業の実態を把握するための事前調査
つまり、買い手が「売り手側へ提示した買収価格は適正か。簿外債務などはないか」を見極めるために売り手企業を調べることです。
買い手が最初に提示した買収価格は、売り手の詳細な情報が不足している状態で算出したものです。
そのためデューデリジェンスを実施して、より詳細な資料を元に改めて買収価格を算出します。
このデューデリジェンスですが、実は数百万円という膨大なコストがかかります。支払いは買い手企業がおこないます。
ここで考えてみましょう。独占交渉権が付与されていない状態で数百万円の費用をかけてデューデリジェンスを実施することに対して買い手はどのように感じると思いますか?
売り手は他の買い手候補とM&A交渉を進めている可能性があるってことですよね。デューデリジェンス費用が無駄になってしまう可能性がある以上、あんまりやりたくないかもしれません。
M&Aで企業買収を行う企業の中には、年間100件あまりのM&A案件が持ち込まれる企業も存在します。
つまり買い手は「リスクを冒してでも買収したい」企業でない限り、独占交渉権の付与されない相手とはM&A交渉を積極的に進めたくないという思いがあるのです。
結果として独占交渉権の付与を行わない売り手は、良い買い手と巡り合うチャンスを自ら潰してしまっていることになります。
逆に考えてみると独占交渉権が付与されていれば、買い手はM&A成立へ真剣に向き合ってくれる可能性が高いんですよ。
なるほど。買い手に安心感を与えると、買い手は真剣に向き合ってくれるということですね。独占交渉権の大切さがよく分かりました!
4-2 独占交渉権の持つデメリット
独占交渉権を買い手に付与する最大のデメリットは、他の買い手候補とM&A交渉ができなくなることに他なりません。
なぜなら、独占交渉権の効力が発生している期間に今よりもっと好条件で会社売却できる買い手候補が現れる可能性があるからです。
譲渡契約が締結されないまま独占交渉権の期間が満了したとしても、その後に好条件で交渉できる買い手候補に出会えるとは限りません。
そのため、売り手は独占交渉権を含んだ基本合意契約の締結には慎重な判断が必要です。
基本合意契約を締結する=この買い手とM&Aを実行する
基本合意契約の締結には、それくらいの覚悟を持って臨みましょう。
独占交渉権の持つメリットとデメリットは、まさに表裏一体の関係にあるといえますね。
4-3 独占交渉権を付与せずM&A交渉を続ける選択肢も
M&Aでは多くのケースにおいて、基本合意契約を締結する際に独占交渉権が買い手へ付与されます。
しかし実は、独占交渉権を付与せずに基本合意契約後のM&A交渉を続けるケースもあるのです。
- 売り手・買い手間で既に強固な信頼関係が構築されている場合
(親族間・経営者が友人どうしなどの場合も含む) - デューデリジェンスを行わない、もしくは簡略化して実施する場合
独占交渉権は、必ず付与するものではないんですね。
実は、独占交渉権を付与しなければならないという明確なルールはないんです。M&Aは売り手・買い手双方の事情によって、柔軟に対応を変えて交渉が進められます。
5章:独占交渉権と優先交渉権の違い
独占交渉権とよく似たM&A用語に、優先交渉権があります。
この2つの違いを解説していきますね。
独占交渉権は、基本合意契約の締結後に売り手が他の買い手候補とM&A交渉ができなくなります。
それに対して優先交渉権は、他の買い手候補より優先してM&A交渉を進められるという権利です。
そのため、必ずしも買い手候補を1社に絞る必要がありません。
ただし、A社とB社の2社に優先交渉権を付与した場合は、A社とB社の関係は対等です。どちらかを優先して交渉を進めることはできません。
つまり独占交渉権と優先交渉権の違いは、売り手が他の買い手候補とM&A交渉を進められるか否かという点にあります。
他の買い手候補と交渉ができないのが独占交渉権。それに対して他の買い手候補とも交渉できるのが優先交渉権というわけですね。
その通りです。独占交渉権と優先交渉権のどちらを買い手に付与するかは、売り手・買い手間で相談し、お互いに納得できる条件の模索が必要です。
6章:独占交渉権の付与はM&A成功のに欠かせない要素の1つ
ここまで記事をお読みくださった皆さんはもうお分かりかと思いますが、M&A交渉で基本合意契約を締結する際には、売り手は積極的に独占交渉権の付与を行いましょう。
優先交渉権ではなく、独占交渉権なのですね。
- 買い手として名乗りを上げてくれる企業が減ってしまうため
「もっと条件の良い買い手候補と出会えるかもしれない」と欲を出して独占交渉権を付与しない選択は、結果的に自分の首を絞めることになりかねません。
そして本来「条件の良い買い手候補」に出会うのは、基本合意契約締結前に済ませておくプロセスです。
近年ではM&A件数は増加の一途をたどっています。これは会社を「売りたい」と考える人が増えたためです。
そのため買い手には多くのM&A案件が持ち込まれています。
多くの売り手企業の中から買収先を選ぶ買い手にとって、独占交渉権を付与しない売り手は真っ先に候補から外されてしまう可能性が高いのです。
多くの売り手候補の中から選ばれるためには「あなた一筋です!」というまっすぐな誠意を見せることも大切な要素の1つです。
M&Aをスムーズに成功へと導くためには、焦らずに「この企業に売却したい」と思える買い手企業を見極めてください。
そしてM&Aを成立させる覚悟を持って、独占交渉権を付与する旨を明記した基本合意契約を締結しましょう。
まとめ
独占交渉権の特徴は、以下の通りです。
- 売り手が買い手に付与する権利
- 売り手が他の買い手候補とM&A交渉ができない旨を定めている
- M&Aの基本合意契約書内に盛り込まれる
- 一般的には3ヶ月~4ヶ月程度の期間が設定される
- 法的拘束力が与えられ、違反したら損害賠償請求が行われる可能性がある
独占交渉権は買い手を守るために付与されますが、売り手としては付与せずに他の買い手と交渉できる余地を残しておきたいものです。
そのため付与される期間などについては、買い手側と相談し、双方が納得のいく落としどころを探すことになるでしょう。
また、中には独占交渉権を付与せずにM&A交渉が進められるケースも存在します。
しかし多くのM&Aにおいて、独占交渉権が付与されないと買い手は不安を感じます。
その結果買い手候補がM&A交渉から降りてしまう可能性が高いため、独占交渉権は基本的に付与する前提で考えておくことをおすすめします。
しかし独占交渉権の付与については明確なルールが決められているわけではないため、売り手・買い手双方の事情を考慮して柔軟に対応してください。
また、独占交渉権が1社にのみ付与されるのに対し、複数社に付与できる優先交渉権も存在します。
それぞれの事情や思惑に合わせて、適切な選択を行いましょう。