会社売却やM&Aについてネットで情報収集をしていると、実に様々な単語が出てきます。
同じ意味の単語でもサイトによって別の言葉を使っていたり、微妙に言い回しが違っていたりすることもしばしばです。
しかし読者からしてみると、サイトごとに違う言葉が使われていたら混乱してしまいますよね。
そこでこの記事では「会社売却」をはじめとした紛らわしいM&A用語について解説します。
同じ意味の単語や似ているけれど別の意味で使われている単語を一挙にご紹介しますので、M&A用語について整理しておきたい方はぜひ参考にしてください。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:「会社売却」という言い方は正式名称ではない
この記事にたどり着いた読者の方は、おそらく「会社売却」という言葉をどこかで耳にした経験があるかと思います。
私はネットで事業承継についての情報収集を行っている際に出会いました。
この「会社売却」という言葉ですが、実は正式名称ではありません。また、似たような言葉がたくさんあって、混乱している方もいるでしょう。
ここでは、会社売却の意味と、会社売却と同義で使用されている言葉をいくつかご紹介します。
1-1 そもそも会社売却とは
会社売却は、主にM&Aのスキーム(手法)を使用して、会社を第三者へ売却する行為を指しています。
読んで字のごとく、会社を売却する行為のことですね。
M&Aには複数のスキームが存在しますが、その中でも株式譲渡を指しているケースが多いようです。
経営者(オーナー)が所有している会社の株式を第三者へ売却し、経営権を譲渡するM&Aスキーム
株式譲渡で売却された会社は、買い手企業の子会社となり、そのまま存続します。
1-2 会社売却の同義語一覧
- 株式譲渡
- 合併(吸収合併・新設合併)
- 事業譲渡(事業売却という場合も)
- 会社譲渡
- M&A など
会社売却という単語に最も対応しているスキームは株式譲渡ですが、サイトや記事によっては合併や事業譲渡も含めている場合があります。
2つ以上の会社を1つに統合するM&Aスキーム。合併の受け皿となる会社が既存か新設かで吸収合併と新設合併の2種類に分けられる。
企業が行っている事業のうち、全てまたは一部を売却するM&Aスキーム
また、会社売却を会社譲渡と呼んでいるサイトや記事もあるようです。さらに広義では、M&Aも会社売却と同義語だといえるでしょう。
M&Aは「Mergers and Acquisitions」の略で、「合併と買収」という意味です。これは買い手側から見た会社売却と一致しています。
なるほど。買収と売却は対になる言葉ですものね。視点が変わると呼び方も変わるのですね。
そうですね。ただし、売り手側もM&Aという言葉を使う機会は多いですよ。会社の売買=M&Aが正式名称に近いものだと捉えて良いかもしれませんね。
2章:会社売却以外の紛らわしいM&A用語について
M&Aについてネットで情報収集をしていると、同じような意味に取れそうだけど表現が違う、といった単語がたくさん出てきて混乱します。
たしかにM&A用語として正式名称が固まっていなかったり、似た単語でも微妙にニュアンスが異なっていたり、M&Aの用語は紛らわしいですよね。
ここでは、会社売却以外の紛らわしいM&A用語について整理していきましょう。
2-1 事業売却・事業譲渡
事業売却と事業譲渡は同じ意味です。会社が行っている事業の一部または全部を第三者へ売却するM&Aスキームを指しています。
事業譲渡がM&Aで一般的に使用されている名称です。事業売却は、事業譲渡を売り手側の目線から表現した言葉ですね。
たしかに「売却」と付いていますもんね。事業を売却するのは売り手なので、事業売却と表現することがあるのですね。
2-2 合併・吸収合併・新設合併
前述の通り合併は2つ以上の会社を1つに統合するM&Aスキームですが、広い意味で会社売却の同義語として使われることがあります。
そして合併という言葉の中には吸収合併と新設合併が含まれており、この2つは別のM&Aスキームを指しています。
吸収合併
合併を受け入れる会社(存続会社)が既存の会社の場合
新設合併
合併を受け入れる会社を新たに設立する場合
どちらの合併でも、合併される会社は法人格の消滅を伴う点が共通しています。
中小企業の場合は吸収合併が多いので、合併といえばほぼ吸収合併のことを指していると考えて構いません。
2-3 会社分割(分割型分割・分社型分割・吸収分割・新設分割)
会社の事業を分割して別の会社へと引き渡すM&Aスキーム。事業譲渡とよく似た性質を持ち、混同しやすいため注意。
M&Aスキームの1つに、会社分割があります。この会社分割、実は合併以上に複雑で、計5種類に分けられるのです。
5種類の総称として、会社分割という単語が使われているイメージですよ。
- 分割型吸収分割
- 分割型新設分割
- 分社型吸収分割
- 分社型新設分割
- 共同新設分割 の総称
複雑ですね…。この5種類の違いは何ですか?
まず、会社分割の対価を誰が受け取るかで分割型分割と分社型分割の2種類に分けます。
対価の受け取り | 分割の名称 |
株主個人 | 分割型分割 |
会社 | 分社型分割 |
次に、分割した部門の引受先によって吸収分割と新設分割の2種類に分けます。
分割した会社の引受先 | 分割の名称 |
既存の会社 | 吸収分割 |
新しく設立した会社 | 新設分割 |
吸収分割の場合は、既存の会社が買い手となり、買収の対価が支払われます。
上記の組み合わせで、4種類の会社分割ができあがります。
分割対価の受け取り | 分割会社の引受先 | 名称 |
株主個人 | 既存の会社 | 分割型吸収分割 |
新設会社 | 分割型新設分割 | |
売り手企業 | 既存の会社 | 分社型吸収分割 |
新設会社 | 分社型新設分割 |
共同新設分割は、複数の売り手企業がそれぞれ事業を切り離し、新設会社に引き渡すスキームです。
売り手としては、特に分割型と分社型について覚えておいてくださいね。
対価の受け取りを誰がするか、ですね。私なら自分が対価を受け取りたいので、分割型を選びます!
そんな感じでOKですよ。
2-4 売り手・売主
M&Aでは、会社や事業を「売却する側」のことを売り手もしくは売主といった言葉で表現します。
「売り手」という単語は個人を指す場合と企業を指す場合がある
例えば中小企業が株式譲渡を実行する場合、ほとんどのケースにおいて売り手は売却対象会社のオーナー(株主であり社長でもあることが多い)です。
その一方で同じ中小企業でも事業譲渡でM&Aを行う際は、企業が売り手となります。
また、売り手が売却しようとしている会社の呼称としても、売り手や売主によく似た単語が使われています。
売り手・売主の他に同じ意味を指す似た言葉と、売り手が売却しようとしている会社の呼称を以下の表にまとめました。
売り手が個人の場合 | 売り手オーナー・売り手社長・売り手経営者 など |
売り手が法人の場合 | 売り手企業 など |
売り手が売却しようとしている会社の呼称 | 売却対象企業・売却対象会社・売り手企業・売却対象事業 など |
「売り手」が個人なのか企業なのか、誰を指しているのかが分かりづらくて混乱するんですよね…。
たしかにややこしいですよね。「売却対価を受け取るのは誰か」で考えると分かりやすいかもしれません。
2-5 買い手・買主
買い手や買主という言葉は、企業や事業を「買収する側」を指していて、売り手や売主と対になる単語です。
個人が買い手となるケースもありますが、M&Aの現場では多くの場合において企業が買い手となるため、買い手企業と表現することも多いんですよ。
なるほど。つまりほとんどのケースで買い手=買主=買い手企業となるわけですね。
2-6 オーナー・経営者・社長・株主
M&Aに関するブログ記事などを読んでいると、オーナー・経営者・社長・株主という言葉が非常によく出てきます。
これらは厳密にいうと違う意味を持っていますが、中小企業のM&Aを取り扱う場においてはほとんど同義語として捉えて良いでしょう。
なぜなら多くの中小企業の社長は、社長でありオーナーであり経営者であり株主だからです。
中小企業の社長は4つの単語全てに当てはまることが多いのですね。
そうなんです。「どれかに統一する」という決まりもないので、色々な表現が使われているのが現状です。
2-7 M&A仲介会社・M&Aコンサルタント・FA・フィナンシャルアドバイザー
上記の単語は全て、M&Aの相手探しや交渉のお手伝いをしてくれる会社や個人のことを指しています。
M&Aの相手探しや交渉のお手伝いをしてくれる会社は、大きく分けてM&A仲介会社とFAの2つです。
M&A仲介会社と同じ意味の単語 | M&A仲介・M&A会社・M&A業者 など |
FAと同じ意味の単語 | フィナンシャルアドバイザー・ファイナンシャルアドバイザー など |
M&A仲介会社は、売り手・買い手の間に立ちM&A交渉の仲介を行い、中立の立場でM&A成立に向けて助言業務を行ないます。
それに対してFAは、売り手もしくは買い手どちらか一方の立場からM&A交渉を進め、顧客の利益を最大化することを目的としています。
ただし中小企業のM&Aでは仲介会社を利用するケースが多く、FAを利用することはほとんどありません。
FAは、上場企業同士のM&Aやクロスボーダーなど大型の取引がメインです。
また、実際にM&Aを支援している個人のことをM&Aコンサルタントと表現します。
M&Aコンサルタントとは、まさに齋藤さんのような人を指す言葉なのですね。
その通りです。M&A仲介会社に属しているM&Aコンサルタントもいれば、フリーランスで活動しているM&Aコンサルタントの存在もありますよ。
M&Aコンサルタントとよく似た言葉にM&Aアドバイザリーがありますが、同義語として使用されることも多く、両者の違いは非常にあいまいなものとなっています。
しいていえば、アドバイザリーはFAやそれを取り扱う金融会社で使われる場合が多いようです。
彼らの目的は、売り手もしくは買い手どちらか一方の利益を最大化することです。
2-8 ノンネームシート・NN・ティーザー・Teaser
売り手企業の概要を、企業名などを伏せてまとめた書類のこと
M&Aの現場では、ノンネームシートを略してNNと表記するケースが多くみられます。
ティーザー(Teaser)は「焦らす」という意味の英単語で、ビジネスの場においては情報を少しずつ提供することで消費者を焦らし、興味を引きつけるマーケティング手法を指しています。
しかしM&Aの現場で使用される場合は、ノンネームシートと同義で使われています。
ノンネームシートはどのようにして使われる書類なのでしょうか。
M&Aの買い手探しで、最初に買い手候補企業に提示される書類です。企業名を特定できないようにすることで、売り手を守っているんですよ。
2-9 企業概要書・IM
売り手企業の企業概要・事業内容・財務諸表などの詳細が記された書類(企業名も含む)
企業概要書は英語でInformation Memorundom(インフォメーション メモランダム)といい、それを略した単語がIMです。
つまり、企業概要書=IMなのですね。
買い手候補企業がノンネームシートを検討して買収に興味を持った場合に、買収検討の第二段階として企業概要書が開示されます。
企業概要書とノンネームシートは、買い手探しのために欠かせない書類です。ぜひ覚えておいてくださいね。
2-10 デューデリジェンス・買収監査・DD
デューデリジェンス・買収監査・DDはどれも同じ意味の言葉です。場合によっては「デューデリ」と略されることもあります。
基本合意契約の締結後、買い手が売り手企業の実態について詳細な調査を行うこと
基本合意契約の段階では、買い手は売り手企業について企業概要書や決算書などからしか情報を得ることができません。
そのため買い手自身の手で売り手企業について調査を実施するのです。
その後デューデリジェンスの結果を元に買収の実行が検討され、最終的な買収価格も決まります。
売主自身が把握していないリスクなどが見つかることもあるため、デューデリジェンスは買い手企業にとって重要なプロセスの1つなんですよ。
2-11 最終契約(書)
M&Aにおける最終的な契約を総称して最終契約や最終契約書と表現する場合があります。
しかしあくまでも総称として使用している単語のため、最終契約書という名称の書類は存在しません。
M&Aの主なスキームにおける最終契約書の名称は、以下の通りです。
スキーム名 | 最終契約の正式名称 |
株式譲渡 | 株式譲渡契約書 |
事業譲渡 | 事業譲渡契約書 |
吸収合併 | 吸収合併契約書 |
新設合併 | 新設合併契約書 |
吸収分割 | 吸収分割契約書 |
新設分割 | 新設分割計画書 |
最終契約という言葉はスキームを問わず使用できるので、使う側としては便利な言葉なんですよ。
なるほど。「M&A実行の取り決めを交わした最終的な契約書」と覚えておくと良さそうですね。
2-12 クロージング・決済
M&Aを解説するブログなどではしばしばクロージング(決済)と表記されていますが、厳密にいうとクロージングで行う工程の1つとして決済があります。
クロージングとは
最終契約の締結後に実施される、会社の経営権または事業の譲渡が完了するまでの工程の総称
決済とは
買い手が売り手に対して譲渡対価の支払いを行うこと
株式譲渡を例に挙げて、クロージングの工程について見てみましょう。
たしかにクロージングの流れの中に決済がありますね。
決済はクロージングの山場ともいえる作業なので、クロージングといえば決済というニュアンスで併記しているケースが多いのだと思われます。
2-13 引継ぎ・ロックアップ
引き継ぎとロックアップは非常によく似た言葉ですが、異なる意味を持っているため注意が必要です。
引継ぎとは
M&A完了後、主に売り手社長が新社長へ会社の経営を引き継ぐこと。
ロックアップとは
会社で重要なポジションを担う人が、M&Aで会社を売却したのちも一定期間その会社に残り、経営や事業に参画すること。
M&Aの最終契約書内に条項として制定されることから、ロックアップ条項と表記される場合もある。別名:キーマン条項
ロックアップと引き継ぎの主な違いを以下にまとめました。
引継ぎ | ロックアップ | |
対象者 | 社長(経営者) | 会社のキーマン(社長を含むこともある) |
おおよその期間 | 3ヶ月~1年程度 | 2~3年程度 |
法的拘束力 | なし | あり |
どちらもM&A後に経営者が会社に残って経営に参加することを指していますね…。同じ…ではないのですよね…。
まず、引継ぎは社長業務の引継ぎを指しています。一般の従業員が辞める際にも後任へ仕事を引き継ぎますよね?それと同じ感覚で捉えてください。
なるほど。ロックアップはどうなんでしょうか。
1つめの大きな違いが対象者です。ロックアップの対象となるのは社長だけではなく、他の役員や重要な仕事を担っている従業員が対象となることもあるんですよ。
なるほど。期間もロックアップの方が長く設定されていますね。
そうですね。さらにロックアップは最終契約の中に条項として盛り込まれるため、指名された人間は、必ずロックアップに応じなければなりません。
2-14 経営統合・PMI
経営統合とPMIはどちらも、M&A成立後に実施される統合プロセスを指しています。
ちなみにPMIはPost Merger Integration(ポスト・マージャー・インテグレーション)の頭文字を取った略称で、日本語に直訳すると「合併後の統合」です。
経営統合(PMI)はM&Aの効果を最大化させるために欠かせないプロセスであり、M&Aの成否を握る大きなカギとなっています。
2-15 譲渡所得・譲渡益・売却益
会社売却について調べていると、売却の対価を表現した単語として譲渡所得・譲渡益・売却益などが出てきます。
これらの単語のうち、譲渡益と売却益は「売り手が買い手から受け取った会社売却の対価」という意味で相違ありません。
しかし譲渡所得に関しては、少し意味合いが異なるため注意してください。
譲渡所得とは、買い手から受け取った譲渡益や売却益のうち、課税対象となる金額を指しています。
譲渡所得=譲渡益ー(株式の取得価額+手数料などの経費)
ということは、譲渡所得は譲渡益や売却益より金額が小さくなるというわけですね。
その通りです。譲渡所得と課税される税金については、下記の記事も参考にしてくださいね。
2-16 役員退職金・役員退職慰労金
役員退職慰労金とは一般的に、取締役又は監査役が任期満了又は辞任等の理由によって退任した場合に支払われる金銭をいうものとされています。
役員退職慰労金と同じ意味で、役員退職金という言葉を使う場合もあります。
中小企業の場合は、社長および他の取締役が退職する際に支給される退職金と考えてよいですよ。
実はこの役員退職金、M&Aで上手に利用すると節税できる可能性が高いのです。詳しくは下記の記事で解説していますので、気になる方は参考にしてみてください。
2-17 破談・ブレイク・白紙
M&Aの実行へ向けてある程度のところまで交渉が進んでいたにもかかわらず、何らかのトラブルが発生して交渉そのものが中止になってしまうことを、破談といいます。
M&A以外でも、お見合いや結婚といった場面で耳にしたことがある方もいるかもしれませんね。
M&A交渉が破談になることを他の言葉で言い換えると、ブレイクや白紙などが挙げられます。
「ブレイクした」とか「白紙に戻った」という表現をすることが多いですよ。
どの単語も非常に悲しいですね…。せっかくのご縁が破談になってしまわないように、売り手・買い手ともに慎重かつ誠実な交渉を行いたいものですね。
まとめ
M&Aには、よく似た響きや意味を持つ紛らわしい単語が数多く見られます。特に売り手社長にとって、M&Aは一生に一度の経験となることがほとんどです。
そのため耳慣れない言葉が多く、理解するのに時間がかかったり、混乱したりすることもあるでしょう。
もしM&Aのプロセス中に「この単語はどういう意味で使われているのだろうか」と疑問に思うことがあれば、遠慮なく担当コンサルタントに質問してください。
1つ1つの単語の意味をしっかりと理解しておけば、M&Aに対する理解が深まり、失敗のリスクを減らすことができるでしょう。
担当のM&Aコンサルタントとは、気軽に何でも聞ける信頼関係を築けると良いですね。