M&Aで事業譲渡を行う際には「のれん」が発生します。
こののれんという言葉は、M&Aを検討していたら一度は耳にしたことがあるかもしれませんが、正しく理解している人は少ないのではないでしょうか。
しかし中小企業のM&Aにとって、のれんは非常に重要な要素となっています。
のれんへの理解を深めておくと、売り手は譲渡価格交渉の武器として用いることができるでしょう。
一方買い手側は、のれんの正しい税務処理で節税効果を得られます。
この記事ではM&Aの事業譲渡で発生するのれんの概要と、買い手側が得られる節税効果に重点をおいて解説しています。
事業譲渡で得られるメリットも併せて解説していますので、譲渡スキーム(方法)に悩んでいる社長はチェックしてくださいね。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:M&Aの事業譲渡における「のれん」とは
事業譲渡におけるのれんとは、会社が保有している無形固定資産を指しています。
無形固定資産とは目に見えない資産のことです。建物や車などの目に見える資産とは異なり、決算書には記載されない点に注意してください。
ブランド力・特許・著作権・商標権・企業文化・企業理念・ビジョン・ミッション・技術・ノウハウ・経営管理プロセス・業務フロー など
たしかに目には見えないものばかりですね。けど会社にとってはどれも大切な資産です。
その通りです。Appleのデザインや無印良品の店舗マニュアルなどをイメージしてもらうと分かりやすいですよ。
1-1 のれん代の算出方法
のれん代は、以下の計算式で算出されます。
のれん代=事業の譲渡価額-事業の時価純資産価額
つまり事業譲渡におけるのれん代とは、事業が持っている「お金で測れる価値」に上乗せされる金額のことで、事業の価値に「プレミアム(割増金)」が付く状態を指しています。
例えば事業の譲渡価額が4億円で事業の時価純資産価額が3億円だった場合、のれん代は1億円となります。
この1億円が、事業の価値に付いたプレミアムということですね、
1-2 のれん代は買い手が決める
のれん代はいわば、買い手から見た売り手への期待値です。そのため、のれん代を決めるのは買い手となっています。
のれん代はどのように決まるのでしょうか。
実は、買い手が決めるのは買収金額の総額のみです。「のれん代を決める」というよりは「買収価額との差額が自然とのれん代になる」イメージの方が近いですね。
買収価額はデューデリジェンス(買収監査)が完了して、事業譲渡契約を締結するときに決定します。その際に自然とのれん代も算出されるというわけです。
1-3 「負ののれん」も存在する
のれんは、価値のある資産だけを指しているわけではありません。事業の譲渡価額が事業の時価純資産価額を下回る際に発生する「負ののれん」も存在します。
事業の時価純資産:3億円
譲渡価額:2億円 の場合
のれん代=2億-3億=-1億
上記のような負ののれんが発生する原因には、売却対象の事業に毎年赤字が発生しているなど、何かしら問題を抱えていることが考えられます。
売り手側にとって、売却価格が下がってしまう負ののれんはないに越したことはありません。
しかし買い手側にとっては「お値打ちに買収できる」というメリットがあるため、一概に悪とも言い切れないのが負ののれんなのです。
2章:事業譲渡で発生したのれんで買い手側は法人税の節税が可能
事業譲渡で発生したのれんは、実際にお金が動きます。したがって適切に会計処理を行う必要が出てくるのです。
のれんの取り扱いは会計上と税務上とでそれぞれ異なりますが、ここでは節税効果の期待できる税務上の処理について解説します。
2-1 のれんは5年かけて定額償却される
会計上「のれん」として計上された金額は、 税務上は「資産調整勘定」、「負債調整勘定」と呼ばれます。
- 資産調整勘定…通常ののれん処理に用いられる
- 負債調整勘定…負ののれん処理に用いられる
上記のどちらも、のれんが発生したその月から60ヶ月(5年間)にわたって定額償却を行います。
つまり、5年間はのれんの金額に対する法人税を節税できるのです。
5,000万円×約30%(法人税の税率)=1,500万円
1,500万円÷5(年)=300万円
つまり、年間300万円の法人税を5年間にわたって節税できるということ
年度途中でのれんが計上された場合はどうなるのでしょうか。
いい質問ですね。年度途中で発生したのれんは月割り額を算出し、該当する月数分の償却を行います。
2-2 株式譲渡ではのれんの償却ができない点に注意
株式譲渡の場合でものれんは発生しますが、税務上ののれんが生じることはありません。したがって、株式譲渡ではのれんの償却ができない点に注意が必要です。
なぜ株式譲渡ではのれんを償却できないのでしょうか。
株式譲渡の場合は、買収のために支払った金額の全てが「子会社株式の取得価額」として資産計上されるからですよ。
「資産調整勘定」とはまた別の仕訳になるんですね。難しいですね…。
3章:事業譲渡で得られるその他メリット
のれん代を計上することで買い手側に節税効果が得られる事業譲渡ですが、その他にもいくつかのメリットが期待できます。
自社の状況や社長の意向に合わせたM&Aスキーム(方法)を選択しましょう。
3-1 売り手側・買い手側に共通して得られるメリット
事業譲渡の現場では、デューデリジェンス(買収監査)が省略されるケースがたびたび発生しています。
買い手側が事業を買収する前に売り手を調査すること。買収後に起こり得るリスク(隠れた負債など)を具体的に把握するため実施される
重要な作業のように感じますが、事業譲渡ではなぜ実施されないケースがあるのでしょうか。
事業譲渡の場合、譲渡対象となる資産や負債が最初から明確になっているからですよ。
デューデリジェンスが省略されると、実施された場合と比べて1~2ヶ月程度の時間短縮につながります。
何らかの事情があってM&Aの完了を急いでいるときには、デューデリジェンスを省略できるケースのある事業譲渡は有効な手段だといえるでしょう。
ただし、買収金額が大きくなるとデューデリジェンスを実施するケースが多くなります。デューデリジェンスの省略は、慎重に判断する必要がありますよ。
3-2 売り手側が得られるメリット
事業譲渡で売り手側が得られる主なメリットを大まかにいうと「事業を売りやすい」点が挙げられます。
○不要な事業のみを切り離して譲渡できる
譲渡する事業や資産を個別に指定できる事業譲渡は、自社にとって不要な事業のみを切り離して譲渡できるメリットを持っています。
- 本業に集中したい
- 不採算事業を切り離して経営の再建を図りたい
- 収益不動産のみを残してリタイアしたい
上記のようなケースに当てはまる会社は、事業譲渡で不要な事業のみを売却すると良いでしょう。
○会社に負債があっても売却しやすい
株式譲渡の場合だと負債も含めての譲渡になるため、多額の負債を抱えている企業は売却が困難になるケースが目立ちます。
しかし事業譲渡では、負債はそのまま自社に残しておくことが可能です。
そのため多額の負債を抱えていたとしても、事業を売却しやすい点がメリットです。
でも負債はそのまま残るんですよね?経営が破綻してしまうのではないかと不安になります。
事業譲渡で得た譲渡益を返済に充てれば良いのですよ。
○株主全員の同意がなくても実行できる場合がある
売り手企業は事業譲渡契約を締結する際に、株主総会の特別決議で認められる必要があります。
ただし一部のケースでは、株主総会での特別決議が不要になります。
- 事業譲渡の買い手が売り手側の株式を9割以上取得している場合
- 譲渡する資産の帳簿価額が、総資産額の5分の1以下の場合
中小企業のケースで当てはまる事例は少ないですが、覚えておいて損はないですよ。
3-3 買い手側が得られるメリット
事業譲渡で買い手は、のれんを計上して法人税の節税ができる他にもいくつかのメリットを期待できます。
○買収する事業範囲が特定される
事業譲渡ならではのメリットともいえるのが、買収する事業範囲があらかじめ特定されている点です。
このために買い手側は不要な事業を買収する必要がなくなり、欲しい事業のみをピンポイントで買収できるのです。
○負債や債務を引き継ぐ必要がない
買収する事業範囲が特定される事業譲渡では、負債や債務を引き継ぐ必要がありません。
これは、会社の負債も丸ごと譲渡対象に含まれる株式譲渡とは大きく異なる点です。
買い手側は将来性のある事業のみを買収できるため、無駄のないM&Aの実現が可能になります。
ただし売り手から買収した商号を継続して利用するケースでは、買収した事業によって生じた債務を引き継ぐ可能性があるため注意が必要ですよ。
○簿外債務を引き継ぐ恐れがない
中小企業においてたびたび発生している簿外債務ですが、その存在に気付かずM&Aを実行すると、大きな損失が発生してしまいます。
貸借対照表に記載されていない債務のこと。未払いの残業代・買掛金・訴訟リスクなどが該当する
しかし事業譲渡では特定の事業や資産のみを譲渡するため、簿外債務の引継ぎを回避できるのです。
まとめ
事業譲渡でのM&Aは、譲渡価格に「のれん」が付きます。
のれんとは会社が保有している無形固定資産を指しており、ブランド力・技術・ノウハウなどに価値が見いだされた場合に付けられます。
事業譲渡で事業を買収した買い手側は、のれんを5年かけて定額償却できます。
つまり、事業買収から5年間は法人税を節税できるのです。
事業譲渡は負債・債務・簿外債務を引き継ぐ恐れがなく、特定の事業のみを買収できる特徴を持っています。
そのため買収したい事業が決まっている買い手にとっては、無駄のない買収が実現できるM&Aスキームとなっているのです。
また事業譲渡は、特定の事業を切り離して売却できるうえに負債があっても売却しやすいなど、売り手にとってもメリットが得られます。
- 法人税を少しでも節税し、無駄のない事業買収を考えている買い手
- 負債があるものの、不要な事業を売却したい売り手
事業譲渡は、上記のような企業に向いているM&Aスキームだといえるでしょう。
ふさわしいM&Aスキームは、自社の状況や社長の意向によって変わります。迷ったときは専門家への相談がおすすめです。