長いプロセスを走り抜け、譲渡契約が実行されたらM&Aは無事に完了だと思っている人も多いのではないでしょうか。
実はM&Aでは、譲渡完了後に問題が発生するケースがあります。しかも、売り手・買い手ともに問題が発生する可能性を持っているのです。
M&A後に問題が発生すると買い手は最悪の場合、経営破綻に陥る可能性があります。
また、買い手が損害を受けることで、売り手は損害賠償を請求される恐れがあるのです。
成功を夢見てM&Aを実行した結果が経営破綻や損害賠償請求だなんて…。後悔してもしきれなくなりそうです。
この記事では、M&A後の問題として起こり得る事例を紹介し、未然に防ぐ対処法も併せて解説しています。
M&Aを成功させたい経営者様は、ぜひ参考にしてください。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:M&A後の売り手側に起こり得る問題
M&Aは、売買契約が成立し経営権が買い手に移って終わりではありません。
むしろM&A取引の完了後に重大なトラブルが起こる可能性が高いのです。
まずは、M&A取引の完了後に起こり得る重大なトラブルにはどのようなものがあるのかをみていきましょう。
1-1 買い手から損害賠償を請求される可能性がある
M&A取引の完了後に買い手へ伝えていない重大な事項が発覚した場合、表明保証違反を問われて買い手から損害賠償請求の訴えを起こされる可能性があります。
M&A取引にあたり、売り手が買い手に対して提示した内容に相違や虚偽がなく潜在債務や偶発債務が存在しないことを表明し、表明した内容を保証するもの
つまり、売り手が買い手に対して「嘘の申告はありません。隠し事もありません」と宣言したものが表明保証です。
表明保証条項には法的拘束力を持たせるケースが一般的です。
そのため買い手がM&A後に大きな損害をこうむった場合には、表明保証違反があったとして売り手に対して損害賠償請求ができるのです。
なるほど。売り手側の隠し事によって買い手が大きな損害をこうむった際に、損害賠償請求が行われる可能性があるのですね。
1-2 社内が混乱する可能性がある
M&A後には経営統合のためにPMIを行います。
Post Merger Integration(ポスト・マージャー・インテグレーション)の頭文字を取った略称で、M&A成立後に行われる2社の統合プロセスを指す
M&Aに期待していた効果を得るためにはPMIが重要な役割を果たしていますが、この作業が難航すると社内の混乱を招き、日々の業務に支障をきたす恐れが出てきます。
社内が混乱に陥った結果として、M&A前より業績が下降したり業務効率が悪化したりなどのマイナスが発生する可能性が出てくるのです。
社内の混乱に不安を感じた従業員の離職を招いてしまう可能性も否めません。
1-3 引き継ぎに想定外の時間を要する可能性がある
M&A後に社長がすべき大切な仕事として、経営の引き継ぎが挙げられます。
引き継ぎにはおよそ3ヶ月~1年ほどの期間を要するケースが一般的ですが、中にはそれ以上の期間がかかってしまうこともあるのです。
引き継ぎが長期化してしまう原因は何でしょうか
いくつかの原因が考えられますが、社長に依存している仕事量の多さが最大の原因だと考えられますよ。
2章:M&A後に買い手側に起こり得る問題
買い手にとっては、事業を軌道に乗せてM&Aに期待した効果を得るまでがM&Aだといっても過言ではありません。
M&A後の買い手は様々な面において問題が発生しやすく、中にはM&A取引そのものが失敗だったと言わざるを得ない結果を招いてしまうケースもあるのです。
そのため買い手はM&Aの実行前にM&A後に起こり得る問題をくまなく把握し、トラブルが起こらないための対策を幾重にも実施しておく必要があります。
2-1 簿外債務や粉飾が発覚する
M&Aでは、買収前に買い手が売り手企業の実態を調査するデューデリジェンスを行います。
このデューデリジェンスによって実態に即した売り手の企業価値が算出され、最終的な譲渡価格が決定します。
しかしデューデリジェンスが不十分だったり、売り手が意図的に情報を隠蔽していたりして、買収後に簿外債務や粉飾が発覚するケースがあるのです。
買収後に粉飾が発覚したら、買い手にとっては大打撃ですよね…。
最悪の場合、買い手が経営破綻に追い込まれる可能性があります。
会社を成長させるためにM&Aを行ったのに、M&Aが原因で経営破綻に追い込まれるなんて…。私たち経営者にとっては最恐のホラーです。
2-2 のれんの減損が発生する
M&Aの買収価格で、売り手企業の純資産より大きい部分の金額を「のれん」と呼んでいます。
のれんは一般的に、企業のブランド力やネットワークなどに付けられた価値という認識です。
分かりやすくいうと、買い手が売り手に対して抱いている期待値が買収価格に反映されたものです。
こののれんは、M&Aの実施後に長い期間をかけて償却されます。
しかし想定していたシナジーを得られなかったなどの理由で、減損処理により損失の計上が必要になるケースが発生するのです。
売り手企業の純資産に対してあまりにも高額な価格での買収には注意が必要だということですね。
その通りです。ただしのれん代を償却できるのは事業譲渡によるM&Aの場合です。株式譲渡の場合はのれんの償却という概念自体が存在しないため、この問題は起こりません。
2-3 従業員の離職が起こる
M&Aでは、買収後に売り手側の従業員から不満が出ないように、以前の雇用条件より良い条件を提示するケースが多くみられます。
しかしM&Aのどこに不満を感じるかは、従業員1人1人違います。
新しい環境になじめなかったり、M&Aをきっかけとして実施された配置換えに不満を持ったりする従業員が出てくるかもしれません。
M&A後の処遇や労働環境に不満を持った従業員が退職してしまうと、M&Aに期待していた効果を得られない可能性が高まり、企業の成長スピードを鈍化させる原因になります。
M&A後の従業員の離職をいかにして防ぐかは、買い手企業にとって重要な課題だといえるでしょう。
2-4 投資した資金の回収ができない
M&A後に買い手に起こる大きな問題の1つとして、買収に使用した投資金額を回収できないケースが挙げられます。
この問題は売上の減少やコストの増大だけでなく、顧客や取引先が離れたり従業員の離職が起きたりといった原因でも起こります。
M&Aという投資を成功させるためには、M&A後に起こり得る問題を回避できるように念入りな準備をもって臨むことが必要です。
3章:M&A後の問題を未然に防ぐため売り手が押さえておきたいポイント
M&A後に買い手から損害賠償を請求されたり、引き継ぎに予想以上の時間がかかったりしないためには、いくつかのポイントを押さえたうえでM&A交渉に臨んでください。
M&Aを成功へ導くためには、M&Aプロセスを開始する前からの念入りな準備が欠かせませんよ。
3-1 売却先をしっかりと見極める
M&A後に起こり得る問題を未然に防ぐためには、適切な売却先の選定が重要です。
例えば企業文化が自社と大きく異なる企業を相手にM&Aを実行した場合、従業員同士の軋轢(あつれき)が起こったりモチベーションが停滞したりといった悪影響が起こり得ます。
そしてそれらの悪影響が、従業員の離職につながる可能性となるのです。
このような事態を起こさないためにも、自社と相性の良い売却先を選ぶ点は重要です。
またM&Aで高いシナジー効果を獲得するためにも、自社および相手企業がお互いに求めている要素を理解し、適切な売却先を選定してください。
適切な売却先の選定については、信頼できるM&Aコンサルタントと二人三脚で取り組んでくださいね。
3-2 買い手に対して隠し事や虚偽の申告をしない
自社を良く見せようとするあまり、M&A取引において都合の悪い事実を隠したり、虚偽の申告をしたりしてはいけません。
M&Aはお互いの信頼関係で成り立つ取引です。どちらか一方の不誠実な行動が、相手に大きな損害を与えてしまう可能性があるんですよ。
そんなことが起これば信頼関係も壊れてしまいますね。まさに「昨日の友は今日の敵」ですね。
また、たとえ虚偽の申告をして良い条件でM&Aが成立したとしても、後から嘘が発覚すると買い手から損害賠償を請求される可能性が高いです。
裁判に要する時間や費用のことを考えると、M&Aで得た売却益は吹っ飛びそうですね…。
むしろマイナスになることも考えられますよ。M&A交渉において、隠し事や嘘は本当に危険です。
M&A後のトラブルを避けるためには、たとえ自分にとって都合の悪いことでも、嘘偽りなく情報を開示してください。
3-3 デューデリジェンスには誠意をもって協力する
M&A後に簿外債務や粉飾が発覚すると買い手に損害を与えるだけでなく、損害賠償請求などの大きな問題に発展しかねません。
しかし特に簿外債務の存在は、売り手自身も気付いていないケースがあります。
それらのマイナス要素を全て明らかにするためにも、買い手による念入りなデューデリジェンスが必要です。
売り手としてもデューデリジェンスには誠意をもって協力し、買い手から開示を求められた情報は速やかに全て公開しましょう。
デューデリジェンスは売り手企業に直接調査員が入りますので、買い手が調査しやすいように日程の調整などにも協力してくださいね。
デューデリジェンスに協力する姿勢も、買い手企業との信頼関係に影響を及ぼしそうですね。ここは気を引き締めて頑張ります!
3-4 従業員にM&Aを伝えるタイミングと伝え方を間違えない
M&Aをきっかけとした従業員の離職を防ぐためには、彼らに不安を与えない配慮が必要です。
そもそも「M&Aの実施」という事実はそれだけで従業員に大きなインパクトを与えます。
M&Aの知識に乏しい従業員も多く、「クビになるのではないか」「会社が倒産の危機に瀕しているのではないか」などという憶測も生まれやすいといえるでしょう。
そのような状態の従業員に安心してもらうために、適切なタイミングと伝え方でM&Aの実行を発表してください。
発表のタイミングとしては、一般の従業員に対してはクロージング後もしくは最終譲渡契約の締結後に発表するケースが一般的です。
経営幹部や一部の役員などに対しては、それよりも少し早い基本合意契約の締結後に発表することが多いようです。
いずれにせよ従業員へM&Aの実行を発表する際は、以下の5点を社長の口から直接従業員全員へ伝えましょう。
- 今まで働いてきてくれたことへの感謝の気持ち
- M&Aに至った経緯と目的
- 買い手企業はどんな会社か
- 買い手企業をM&Aの相手として選んだ理由
- 従業員の雇用の継続
M&Aを発表する適切なタイミングについては、会社によってそれぞれ異なります。担当のM&Aコンサルタントともよく相談して決定してくださいね。
3-5 社長に依存している仕事を減らしておく
経営の引き継ぎに必要な期間をできるだけ短くするためには、M&Aの実行までに社長に依存している仕事を極力減らしておく対策が効果的です。
具体的には社長の仕事を細分化し、仕組み化する作業を実施しておきましょう。
人に依存することなく業務が回る仕組みを社内に構築すること
社長の仕事を仕組み化し、社長以外の人間でもできるようにしておくことで、引き継ぎに要する時間を短縮できます。
さらに構築した仕組み自体が会社独自の資産となるため、仕組み化された会社はそうでない会社に比べて、より良い条件でM&Aが成立しやすくなる一面を持っています。
4章:M&Aを成功へ導くために買い手が押さえておきたいポイント
M&A後に問題が起こった際に、最も損害をこうむりやすいといえる立場が買い手です。
経済的な損失や経営破綻の可能性すらも秘めているため、買い手はM&A後の問題に細心の注意を払う必要があります。
ここでは、M&A後に起こり得る問題を防ぐために、買い手が押さえておきたいポイントについてみていきましょう。
4-1 買収先は慎重に選択する
M&Aによる企業買収を成功させるために、買い手は買収先を慎重に選ぶべきだといえます。
企業買収で自社を成長させるためには、投資した以上の効果を得たいものです。また、不誠実な相手を買収先に選んでしまうと、将来大きな損害をこうむる羽目になりかねません。
そこで買収先を選択する際は、主に以下のポイントを検討すると良いでしょう。
- 投資した金額の早期回収が見込めるか
- 期待したシナジー効果を得られるか
- 信頼できる相手か
自社により多くの利益をもたらしてくれる期待が持てる、誠実な会社を選ぶべきだということですね。
その通りです。逆に社長のような売り手側は、買収先に多くの利益をもたらせる誠実な会社を目指すことでM&A成功の確率がアップしますよ。
4-2 綿密で正確なデューデリジェンスを実施する
M&A後に簿外債務や粉飾の発覚を防止するためには、徹底したデューデリジェンスの実施が欠かせません。
ときには何らかの事情がありM&Aの成立を急ぐ事例もありますが、そのような場合でもデューデリジェンスを省略すべきではないでしょう。
デューデリジェンスを怠ったがために、重大な損失につながった事例がいくつもあります。買い手は自社を守るためにも、綿密かつ正確なデューデリジェンスを実施してください。
4-3 買収後の統合作業は慎重かつ丁寧に行う
M&Aでは、売り手側・買い手側それぞれの従業員が新しい環境や起こった変化をスムーズに受け入れられない場合があります。
また、新しいシステムや制度の受容に時間がかかることも多いものです。
そのため、通常業務が増えて従業員の負担が増えたり、強いストレスを感じたりするケースも多いです。
従業員の混乱を最小限に抑え、新しい体制でのスタートをスムーズなものにするためには、慎重かつ丁寧に2社の統合作業を行う必要があります。
実際に統合作業が始まるのは、M&Aが完了して売り手企業の経営権が買い手側に移ってからです。
しかし統合作業の準備に関しては、M&Aの計画段階から検討が始まります。
その先にある統合作業を見据えてのM&A交渉およびプロセス実行が必要なんですよ。
2社の統合作業は、従業員の負担が軽い項目から始めることが効果的です。
なぜなら従業員が受け入れやすいところから統合作業を始めることで、彼らにかかる負担を軽減できるからです。その結果、統合作業の成功率を高められます。
まとめ
M&Aは、取引が成立して完了ではありません。実は、売り手・買い手ともにM&A後の問題に悩まされる可能性を持っています。
M&A後の売り手に起こり得る問題として、社内が混乱する可能性や経営の引き継ぎに予想外の時間がかかる可能性などが挙げられます。
しかし最も重大なことは、買い手からの損害賠償請求だといえるでしょう。
その一方で買い手がM&A後に直面しうる問題としては、簿外債務や粉飾の発覚・のれんの減損・従業員の離職などが挙げられます。
どれも買い手の事業へ大きな影響を与え、損害をこうむる可能性が高いものばかりです。
買い手に損害が発生すると、売り手への損害賠償請求へつながる可能性がありますね。
M&A後に買い手に起こる問題は、売り手にとっても対岸の火事ではないということです。
M&A後の問題発生を防ぐためにはまず、売り手・買い手ともに自社にふさわしい相手探しが重要です。
また、綿密かつ正確なデューデリジェンスの実施も欠かせません。
さらに従業員へM&Aを伝えるタイミングやM&A後の統合作業などにも気を配る必要があります。
M&Aをスムーズに完了して新しい体制で成功するためには、専門家からの適切なアドバイスがあると心強いですね。