会社のオーナーが自身の会社を売却しようと考えたときに思い浮かぶことといえば、「できるだけ自分の手取りを増やしたい」「手元になるべく多くのお金が残るようにしたい」ということではないでしょうか。
この記事では、役員退職金の仕組みを使って売り手オーナーが自身の手取りを最大化する方法について解説しています。
会社売却による手取りを最大化したいと考えているオーナー様には必見の内容となっていますので、ぜひ最後まで読んでみてくださいね。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:M&Aによる会社売却で利益を最大化する方法は株式譲渡×役員退職金の組み合わせ(退職金スキーム)
M&Aによる会社売却の際に売り手オーナーの利益を最大化する方法は、株式譲渡×役員退職金を組み合わせた「退職金スキーム」と呼ばれている方法です。
退職金スキームとは、株式譲渡の譲渡対価の一部を役員退職金で支払うことです。
これにより売り手側は税負担の軽減が可能になり、節税できた分だけ売り手オーナーの手取りを増やすことができるという仕組みになっています。
特にオーナーである社長自身への退職金を支払うことで、オーナーの利益を最大化できるのです。
1-1 株式譲渡にかかる税率
M&Aで株式譲渡をおこなう場合、株式譲渡益に対する税率は20.315%で固定されています。
この税率は会社の売却価格が高くても低くても変わりません。
また、会社売却時にM&A業者へ支払う報酬や外部の専門アドバイザーに対する報酬は、株式譲渡益の計算から控除することが可能です。
つまり、株式譲渡益から外部のアドバイザーへの報酬を引いた金額に20.315%の税が課されることになります。
1-2 役員退職金にかかる税率
役員退職金とは、その名の通り退任した役員に対して支払われる報酬です。
ここには売り手オーナーである社長自身への退職金も含まれています。
役員退職金はM&Aによる会社の売却にともない、売り手側の社長をはじめとした役員が退任する際に、売り手企業から支払われます。
つまり、会社を売却する前に退任する役員に対して退職金を支払う、ということです。
役員退職金は定款の規定もしくは、株主総会や取締役会の決議に基づいて支給が決定します。
株式譲渡益にかかる税率は固定でしたが、役員に支払う退職金にかかる税率は支給される金額によって変わります(累進課税)。
また退職金は退職後の生計維持の原資になると考えられているため、他の所得に比べると税率が優遇されていることが特徴です。
具体的な優遇点は以下の3点です。
- 他の所得と合算されることなく退職所得のみに課税される(分離課税)
- 勤続年数による退職所得控除がある
- 退職所得控除後の金額が1/2になる(※役員としての勤務が5年以上の場合)
退職金においては、所得控除後の金額がさらに半分になります。これは通常の所得税率が実質1/2になることと同じであり、退職金に関する税金はかなり優遇されていることが分かります。
1-3 株式譲渡×役員退職金の相乗効果
株式譲渡益にかかる税率は固定されているため、株式売買額が小さければ小さいほどそれにかかる税額も少なくなります。
つまり、会社売却の価格が小さければ小さいほど支払う税額が少なくなるのです。
そして株式売買額は、その一部を売り手オーナー自身に役員退職金という形で支払うことで小さくすることができるのです。
それにより売り手オーナーは、株式譲渡益にかかる税金の節税が可能になります。
さらに前述のとおり、売り手オーナー自身が受け取る役員退職金にかかる所得税率は、かなり優遇されています。
株式譲渡と役員退職金の仕組みをうまく組み合わせて活用することで相乗効果が生まれ、更なる節税が可能となるのです。
2章:M&Aで会社を売却する際に退職金スキームを活用するメリット
M&Aで会社売却をおこなう際に退職金スキームを活用する最大のメリットは、何といっても「売り手オーナーの手取りが最大になること」だといえます。
- 役員退職金を自分自身に支払うことにより、自社の株式売買額を低く抑えることができ、それにより課税額も抑えられる。
- 役員退職金の所得税は通常の所得税と比べて税率がかなり優遇されている
上記2点を併用することにより、売り手オーナー自身が支払う税額を抑えられるのです。
株式譲渡だけで3億円を受け取る場合と、株式譲渡で2億6千万円を受け取り、退職金として4千万円を受け取る場合を比較してみましょう。
売り手オーナーが受け取る金額はどちらも3億円に変わりありません。
しかし支払う税金の額で比べた場合、株式譲渡益+退職金を受け取った場合の方が支払う税額が少なくなるのです。
受け取った金額が同じであっても、支払う税額が抑えられた結果として売り手オーナーの手取りを最大にすることが可能になります。
3章:M&Aによる会社売却で退職金スキームを利用する際の注意点
M&Aで退職金スキームを利用して会社の売買をおこなう際には、以下の2点に注意が必要です。
- 【売り手側】外部アドバイザーへ支払った報酬を控除できなくなる可能性
- 【買い手側】退職金の支払いすぎで税務署から損金として認められない恐れ
退職金スキームによるメリットを最大限に活かすため、上記の項目にはしっかりと対策をおこなうようにしてください。
3-1 外部アドバイザーへ支払った報酬を控除できなくなる可能性がある
1-1でも少し触れましたが、外部アドバイザーへ支払った報酬は株式譲渡益から控除することができます。
しかし株式の売価を低く設定しすぎると、その費用を控除できなくなる可能性が発生するのです。
上記のことも踏まえて、譲渡する株式の売価を設定するようにしましょう。
3-2 退職金を支払いすぎると税務署から損金として認められない可能性がある
これは買い手側にとって気を付けなくてはならないポイントです。
退職金が不相当に高額だと税務署が判断した場合、退職金の損金算入ができなくなってしまいます。
損金算入ができなくなってしまうとその年の法人税を節税できないので、退職金スキームのメリットを充分に享受することができません。
退職金の金額には充分な検討が必要です。
4章:退職金スキームを使った会社売却は買い手側にもメリットあり
退職金スキームを使った会社売却によるメリットを受けるのは売り手だけではありません。
買い手にとってもメリットが発生します。
逆に買い手側にもメリットが存在するからこそ、節税対策としての退職金スキームがメジャーになっているのです。
4-1 買収価格を抑えられる
役員退職金を支払うことにより、売却会社の純資産を圧縮し株式売買額を小さくすることができます。
これは単純に「より少ない資金で会社を買収できる」ということです。
2章でも挙げた、株式譲渡だけで3億円を受け取る場合と、株式譲渡で2億6千万円を受け取り、退職金として4千万円を受け取る場合を考えてみましょう。
買い手側の視点から見ると、株式譲渡だけの場合は売り手側に3億円を支払うことになります。
一方で4千万円の役員退職金が支払われている場合、買い手側が支払う金額は2億6千万円です。
このように、役員退職金を支払った分だけ買収にかかる費用が抑えられるのです。
4-2 退職金の損金算入により節税できる
買い手企業は、支払われた役員退職金を損金として計上することができます。
「損金」とは、法人の資産の減少の原因となる原価や費用、損失などの額をいいます。
つまり、支払われた役員退職金を損金算入させ、その金額分を課税所得から差し引くことができるのです。
その結果、買い手側はその年の法人税を節税することが可能になります。
ただし前述のように支払われた役員退職金が不当に高額だと税務署が判断した場合は、損金算入が認められないケースが発生してしまう恐れがあるので注意が必要です。
まとめ
M&Aで会社を売却する際に、売り手オーナーの手取りを最大化する手法としてしばしば利用される退職金スキーム。
この手法を利用すれば、役員退職金を受け取ることにより所得税が優遇され、更に会社を売却した対価として手に入る「会社売却益」にかかる所得税の節税が可能になります。
会社を売却して同じ金額を手にするのであれば、役員退職金も上手に活用して手取りを最大にしたいですよね。
また、買い手にとってもその年の法人税を節税できるというメリットが発生します。
上手に活用して節税し、お互いの利益を最大限まで高めましょう。