M&Aには、譲渡対価の一部を役員退職金で支払って節税する「退職金スキーム」が存在します。
ではこの退職金スキーム、全てのM&Aスキーム(手法)で適用可能なのでしょうか。
事業譲渡を検討しているので、事業譲渡のケースが知りたいです!
分かりました。それでは、事業譲渡ではどうなるかを見ていきましょう。
さらにこの記事では、事業譲渡で節税できる方法についても解説しています。
事業譲渡を検討中の方や、M&Aの手取りを少しでも増やしたい方はぜひチェックしてくださいね。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:事業譲渡で退職金スキームは活用できないのが基本
M&Aで会社を売却する際に、譲渡対価の一部が役員退職金として支払われること
退職金スキームを活用すると、以下の点で節税効果が得られます。
- 譲渡益が圧縮される=課税される税額を抑えられる
- 退職金の税率は他の所得と比べて優遇されている
そして実は、事業譲渡では退職金スキームを活用できません。
いきなり衝撃の事実ですね。なぜ事業譲渡で退職金スキームは使えないのでしょうか。
驚かせてしまってすみません(笑)事業譲渡の「売主」が誰かを考えると答えは見えてきますよ。
事業譲渡の場合、売主=会社です。
事業譲渡は会社が自社で行っている事業を譲渡するため、通常そこに「社長の退職」は伴わない。
社長が退職しないのであれば、退職金は発生しませんよね。
はっ!たしかに。仮に社長が退職したら、誰が後を継ぐのかという話になりますね…。
その場合は事業譲渡ではなく会社を丸ごと譲渡する株式譲渡の方が、社長は多くの利益を得られます。
退職金スキームの詳細は、下記の記事をご覧ください。
2章:事業譲渡+会社の清算なら退職金スキームで節税できる
全ての事業譲渡で退職金スキームが活用できないかというと、実はそうではありません。
事業譲渡で事業や従業員を第三者に託した後に廃業するケースでは、退職金スキームを使っての節税が可能になる場合もあるのです。
会社の清算には法人格の消滅が伴います。そのため「会社をたたみたい。しかし従業員の雇用は守りたい」と考えている社長向けの方法ともいえます。
どんな手順を踏むのか、詳しく見ていきましょう。
2-1 Step1:事業譲渡で会社の事業全てを譲渡する
まずは、会社が行っている事業の全てを事業譲渡で売却しましょう。
ゴールが会社の清算なので、経営権は社長が持ち続けなくてはいけません。そのため事業譲渡での譲渡を選ぶ必要があるのです。
会社が複数の事業展開を行っている際には、事業ごとに売却手続きを進めていくことになるため、手続きが煩雑かつ長期化しやすくなります。
余裕を持った譲渡スケジュールを組んでおきましょう。
事業譲渡で得た譲渡益は会社が受け取る
2-2 Step2:自身に役員退職金を支払う
無事に会社の全ての事業を売却できたら、社長自身に役員退職金を支払います。
社長に支払った退職金は損金算入できる
つまり退職金が経費や費用と同じ扱いになるため、課税所得から差し引くことができるのです。
「事業譲渡で発生した譲渡所得から退職金の金額を差し引ける」と考えてOKです。
2-3 Step3:会社を清算する
退職金の支給が完了したら、いよいよ会社を清算して廃業します。会社の清算に関しての詳細は、以下の記事もご覧ください。
法人を清算する際には、まず会社の全資産を資金化して負債の返済を行います。この「全資産」からは、自身に支払った退職金が差し引かれている状態です。
全資産から負債を差し引いた資産を残余財産と呼びますが、そこから資本金を差し引いた金額が清算所得と呼ばれ、課税対象になります。
清算所得には約33%の法人税が課税される
清算所得から法人税を差し引いた残りの約67%程度が株主の手取り額となり、各株主の所有する株式数に応じて平等に割り当てられます。
割り当てられた分配金には所得税・住民税等が課税される
会社を清算すると、会社として法人税・株主として所得税住民税の支払いが必要になるのですね…。
社長にとっては二重に課税された気分になりますよね。
清算所得からは多くの税金が引かれるため、税率の優遇されている役員退職金で受け取った方が有利なケースが出てくる
3章:役員退職金を支払う際に注意したいこと
役員退職金にはいくつかの算定方法がありますが、支給金額が明確に決められているわけではありません。
しかしあまりにも多額の役員退職金を支払うと、税務署から損金として認められない可能性が出てきます。
損金算入ができないと法人税の節税ができないため、あらかじめ計算して適切な金額を設定しましょう。
具体的な支給額については、専門家と相談したうえで決定することをおすすめします。
4章:繰越欠損金でさらなる節税が可能
会社に繰越欠損金、つまり赤字があるときには、事業譲渡で得た譲渡所得との相殺が可能です。
繰越欠損金の金額だけ法人税が控除されるため、更なる節税が可能になるのです。
赤字経営の会社にとっては非常に魅力的な話ですね。しかしそもそも赤字の事業を譲渡することは可能なのでしょうか。
いいところに気付きましたね。赤字事業の売却は決して簡単ではありませんが、売却できる可能性はありますよ。
他社にない強みを持っていたり、買い手にシナジー効果を与える期待ができたりする会社は、たとえ現状が赤字でも売却できる可能性が残っています。
まとめ
通常の事業譲渡では社長の引退を伴わないため、退職金スキームの活用はできません。
ただし事業譲渡後に会社の清算を行う場合には、退職金を使用して節税が可能です。
方法としては、全ての事業を譲渡した後に自身への退職金を支給し、その後会社の清算手続きを行う流れになります。
退職金として支払った金額を損金算入できるため、その分だけ法人税が節税できるのです。
- 支払う退職金が多すぎると損金算入が認められないケースがある
確実に損金算入して節税するためには、役員退職金の支給額に注意しましょう。
また会社に繰越欠損金(赤字)が存在するときは、譲渡所得と繰越欠損金の相殺が可能です。
繰越欠損金がある会社はさらに節税できるというわけです。
事業譲渡×会社清算で節税を実現するためには、退職金の支給額や会社清算時の税額など、細かい計算が必要です。
場合によっては株式譲渡を実施した方が手取りが増える可能性もあるため、専門家に相談して自社にふさわしいM&Aスキームを選択してください。
株式譲渡と事業譲渡、それぞれのケースでシミュレーションしてみることをおすすめします。