M&Aは企業規模の大小を問わず、国内外で活発に行われている取引です。特に昨今では、後継者不足問題の解決をM&Aに求める中小企業の存在が増えています。
しかし実は、M&Aの全てが成功するとは限りません。M&A自体が成立せず破談になる事例も多数存在するのです。
一度M&A交渉が破談になると、その後も別の相手とのM&A交渉がうまくいかなかったり、廃業へ追い込まれたりするケースが見られます。
M&Aの破談って怖いんですね…。全力で避けたいです。
そこでこの記事では、実際にM&Aが破談になった事例をご紹介し、うまくいかなかった原因と破談を防ぐポイントについて解説しています。
- M&Aの破談事例を知りたい方
- 実際の事例から破談を防ぐポイントを知りたい方
上記に当てはまる方は、ぜひこの記事を参考になさってくださいね。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:M&Aが破談になった事例
M&Aが失敗に終わる最たる例が、M&A取引そのものの破談です。
M&Aが破談になると、それまでに支払ってきた手数料などは返金されません。会社やオーナーが金銭的にも損害をこうむることになります。
また、一度破談になると、その後のM&Aもうまくいかないという事例が数多く存在します。
そのためM&Aを実行する際には、破談だけは何としてでも避けたい事態なのです。しかし残念ながら、世の中には破談に終わったM&Aが無数に存在します。
ここではM&Aが破談になった事例についてみていきましょう。
事例1-2以降は、中小M&Aガイドラインに記載されている中小企業の破談事例です。
中小企業の経営者にとっては身近な怖い事例といえますね。
1-1 事例1|独占交渉権違反による破談
買い手…住友信託銀行
売り手…UFJホールディングス(現:三菱UFJフィナンシャル・グループ)
2004(平成16)年に両者間で、業務提携に関する基本合意書が締結されました。
この基本合意書では、買い手の住友信託銀行がUFJホールディングスに対して独占交渉権を得るとされています。
ところがUFJホールディングスは、基本合意書締結後わずか2カ月ほどで三菱東京フィナンシャルグループと交渉を始め、住友信託銀行に対して基本合意契約の解約を通告したのです。
その結果M&Aは破談となり、基本合意契約に違反したUFJホールディングスは住友信託銀行から訴訟を起こされました。
この裁判は2006(平成18)年に和解が成立し、UFJホールディングス側から住友信託銀行に対して25億円の解決金が支払われています。
基本合意契約内に盛り込まれた独占交渉権に違反したことによる破談ですね。しかし25億円の解決金は大きいですね。
1-2 事例2|社内へ情報が漏れたことによる破談
後継者の不在に悩んでいたA社は仲介会社に相談し、M&Aでの事業承継を選択しました。
A社の事業が順調だったこともあり、数か月後には理想的な買い手が現れ、とんとん拍子で基本合意契約の締結まで進展しました。
しかし社長のB氏は基本合意契約締結を事実上のM&A確定と見なし、誤って従業員や取引先に買い手企業名を含むM&A情報を漏らしてしまったのです。
この情報が買い手企業にも伝わり、結果としてM&Aが破談となりました。
その後B氏は90歳まで事業を続けましたが後継者が見つからず、最終的には廃業せざるを得ませんでした。
これは社長の勘違いが生んだ悲劇ともいえますが、本当は担当のM&Aコンサルタントがしっかりと釘を刺しておくべきだったのです。
つまり、M&A仲介会社選びを間違えた結果が招いた失敗例ともいえるでしょう。
1-3 事例3|オーナー一族間の不和が招いた破談
他界した父からC社の社長業を受け継いだ長男のD氏は、次男のE氏を副社長に据えて共同で経営に取り組んでいました。
しかし数年後から経営が悪化。倒産の危機を感じた副社長のE氏が独断でM&A仲介会社へ相談しました。
業界での知名度が高かったこともあり、すぐに買い手候補が現れ、E氏と面談を行います。
基本合意契約まであと一歩のところまで交渉が進んでいましたが、その話が社長であるD氏の耳に入り激怒。
D氏によってM&A交渉は打ち切られ、副社長であるE氏は解任されます。
その後、経営陣の内紛に不安を感じた従業員が次々に離職。それに伴い売上も減少し、最終的には廃業に至っています。
M&Aに踏み出す前に経営陣の意思統一が必要だということがよく分かる失敗例ですね。
1-4 事例4|売り手の不誠実さが招いた破談
運送業を営むF社は、社長が高齢化し後継者もいなかったことから、M&A仲介業者に相談をしました。
F社は地域内で有名な企業であったこともあり、すぐに買い手候補が見つかり基本合意契約の締結までを終えました。
しかし最終交渉の段階で、F社の社長が急に態度を硬化させ、条件の変更を要求。
じきに買い手はF社の態度に嫌気がさし、信頼関係が損なわれたことを理由にM&A交渉は破談に終わっています。
その後F社は他の企業とのM&Aも成立せず、数年後に社長は持病で他界。
他の役員が代表に就任したものの、業績の悪化を止められず廃業へと至っています。
すんなり買い手が決まったことで、売り手の社長が「売り惜しみ」をしたのではないかといわれています。欲の出し過ぎは失敗の原因になるという事例ですね。
2章:M&Aが破談になる原因
世の中では数多くのM&Aが破談になっていますが、主な原因は以下の6つに集約できます。
- 契約違反
- 情報漏洩
- 反対株主の出現
- 不誠実な対応
- 隠しごとの発覚
- デューデリジェンス不足
上記に挙げた原因は、企業規模の大小を問わずM&Aが破談になる原因となっています。
2-1 契約違反
M&Aプロセスの途中で締結される基本合意契約には、法的拘束力を伴う条項がいくつか存在します。
- 独占交渉権の付与
- 秘密保持義務
- 基本合意契約の解除
- 基本合意契約書の有効期限・譲渡禁止・法的拘束力
基本合意契約締結後に上記の項目に違反すると、M&A取引そのものが破談になる可能性があるだけでなく、損害賠償請求へと発展するケースも珍しくありません。
そうなると、両社ともに多大な時間やお金を使うことになってしまいます。基本合意契約締結後の契約違反には十分な注意が必要です。
2-2 情報漏洩
M&Aには「M&Aは秘密保持に始まり秘密保持に終わる」という言葉があるくらい、情報の漏洩には注意しなければなりません。
その証拠に事例2で挙げたケースでは、社長が基本合意契約をM&Aの成立と勘違いしたことが原因でした。
情報漏洩の危険はいたるところに潜んでいますが、最も大きな原因としては社長の行動が挙げられます。
- M&Aプロセスを進めていることを誰かに話してしまった
- M&Aに関する書類をデスクに置きっぱなしにしていた
- 社長のメールアドレスを秘書と共有していた
- M&Aコンサルタントとの会話を従業員に聞かれてしまった
従業員や取引先に発表できる状態になるまでは、情報漏洩には細心の注意を払いましょう。
2-3 反対株主の出現
M&Aに反対する株主の出現は、破談の原因になり得る懸念事項です。
売り手側では株式が分散している場合に、M&Aに反対の意を示す株主が出現する可能性があります。
その際には反対株主が所有している株式を買い取るなどの対応を試みますが、買い取りを拒否される可能性もゼロではありません。
一方で買い手側は多くの場合、売り手企業の全株式の買収を望んでいます。
反対株主が株式を手放すことを拒否すれば、買い手の希望が叶わず、M&A取引自体が白紙になる可能性があるのです。
2-4 不誠実な対応
不誠実な対応により買い手に嫌な思いをさせたり不信感を抱かせたりしてしまうと、M&A取引そのものが破談になる可能性があります。
そのため希望条件が満たされなかったからといって、情報提供の出し渋りや急な条件変更の申し出などは避けましょう。
M&Aを破談に追い込んだ理由が自分自身の態度ではやるせないですよね。
おっしゃる通りです。しかし自業自得ともいえますので、M&A交渉中の態度には気を付けましょうね。
2-5 隠し事の発覚
訴訟リスクを抱えていたり未払いの残業代があったり、会社として把握していたM&Aに不利な事実を買い手に隠していたことがバレた場合にも、破談になる可能性があります。
自社を良く見せようと思う気持ちから、都合の悪い事実を隠したくなる気持ちは分かります。
しかしそれがきっかけで、M&A交渉自体が破談になっては元も子もありません。
M&A取引をまずは成立させるためにも、嘘偽りなく情報を開示しましょう。
2-6 デューデリジェンス不足
買い手側にとって重要な作業の1つに、デューデリジェンスが挙げられます。
デューデリジェンスは、コストと時間をかけて売り手企業の財務状況やコンプライアンスの状況を調査するものです。
しかし不十分なデューデリジェンスは、M&Aの破談を招く要因になります。
- 簿外債務や粉飾が見つかった
- 未払いの残業代が発覚した など
たとえデューデリジェンス後にM&Aが破談となった場合でも、かけたコストと時間は戻りません。
そのためM&Aで企業買収を実施する際には、綿密かつ正確なデューデリジェンスの実施が重要です。
3章:M&Aが破談にならないために売り手が注意すべきこと
せっかく時間やコストをかけてM&A交渉を進めても、破談になればそれらは全て無駄になってしまいます。
ここでは、M&Aが破談にならないために売り手が注意すべきことを解説しています。
3-1 M&Aの目的を明確にしておく
M&Aが破談にならないためには、M&Aを実施する目的をはっきりさせておくことが重要なポイントとして挙げられます。
「どのような相手であれば自社がより発展し、従業員やその家族・取引先がより幸せになれるのか」を十分に検討するために、最低でも以下の3点について明確にしておきましょう。
- なぜM&Aをするのか
- M&Aでなければならない理由は何か
- M&Aで何を実現したいのか
上記で明確にしたことが、M&A交渉を進めていくうえでの軸となります。ブレない軸を作ると交渉に一貫性が生まれ、理想のM&Aが実現へと近付きます。
また、一貫した主張を貫くことで、買い手からも信頼されやすくなるでしょう。
M&Aで会社を売ることが目的になってしまわないように注意
M&Aの目的を検討する際には、M&A後の経営をしっかりイメージすると良いですよ。
3-2 嘘や隠し事をしない
- 自社を良く見せたい
- 売却価格を吊り上げたい
上記の理由から、買い手企業に対して事実と異なる報告をしたり、自社にとって不都合な事実を隠したりしてはいけません。
前述した通り嘘や隠し事が発覚すると、M&Aそのものが破談になる可能性があるからです。
しかも嘘や隠し事が抱えるリスクはそれだけではありません。
M&A取引が完了した後に発覚すると、買い手から売り手に対して損害賠償請求が行われるケースがあるのです。
「自社を良く見せよう」という小さな見栄が、やがて大きなリスクとなってのしかかってきます。
M&A交渉の場では嘘や隠し事をせず、自社の情報を正直に洗いざらい公開してください。
嘘を付いたり隠したくなったりするような項目があれば、事前に改善しておきましょう。
3-3 自分以外の株主の有無を確認しておく
親などの第三者から会社を継いでいる場合だと、自分が把握していないところで自分以外にも株主が存在する可能性があります。
そのためM&Aの実行を検討し始めたら、株主が本当に自分だけであるか確認しておきましょう。
もし自分以外に株主がいることが判明したら、第三者が所有している株式の買い取りを検討してください。後に起こり得るトラブルが回避できます。
3-4 デューデリジェンスには誠意をもって協力する
買い手によるデューデリジェンスの徹底は、M&Aの成功に欠かせない要素です。
しかしこのデューデリジェンスをしっかりと行うためには、売り手の全面的な協力が欠かせません。
デューデリジェンスは、買い手の担当者が実際に売り手企業へ出向いて行うため、買い手だけでは効率よく進められないんです。
デューデリジェンスへの全面的な協力はM&Aを成功させる目的の他に、プロセスをスムーズに進めるためにも大切です。誠意を持って全面的に協力してください。
3-5 基本合意契約の内容を遵守する
売り手と買い手がお互いにM&Aの実行へ向けて決意を固めたことを示す契約書である基本合意契約書は、法的拘束力を持たせた項目がいくつか存在します。
それらの項目に違反があるとM&A契約そのものが破談になるだけでなく、損害賠償請求の訴えを起こされる可能性が発生します。
基本合意契約の遵守は、お互いへの信頼を守ることでもあります。
万が一基本合意契約の内容に不満や変更したい点が出てきた際には、担当のM&Aコンサルタントに相談しましょう。
まとめ
ショッキングな話かもしれませんが、M&Aはその全てが成功するとは限りません。中には交渉途中で破談になってしまうケースも存在します。
M&Aが破談になる原因としては、主に以下の6点が挙げられます。
- 契約違反があった
- 情報漏洩が起こった
- M&Aに反対する株主が出現した
- 相手に対して不誠実な対応をした
- 隠し事がバレた
- デューデリジェンス不足
M&Aが破談にならないためにはM&Aの目的を明確にして、ブレない軸を作りましょう。また、相手に嘘や隠し事はせず、デューデリジェンスにも積極的に協力して下さい。
第三者から会社を受け継いでいる場合は、M&Aへ臨む前に自分以外に株主がいないかどうかの確認も行っておくと良いでしょう。
破談になってしまった事例を反面教師として、M&Aの成功をつかみ取ってくださいね。