先日競合の大手から吸収合併の話を持ち掛けられたのですが、会社が吸収されるとどうなってしまうのでしょうか。
吸収合併は経営戦略の1つとしてよく使用されるM&Aスキーム(手法)の1つですが、「会社が吸収される」と聞くと不安になってしまいますよね。
- 会社が吸収されると会社にはどのようなことが起こるのか
- 会社が吸収されると社長自身はどうなるのか
- 会社が吸収されると従業員はどうなるのか
この記事では、主に上記の3点について解説しています。
以下のような悩みを持つ経営者様は、ぜひこの記事をチェックしてくださいね。
- 吸収合併の話を持ち掛けられた
- 第三者への事業承継を検討している
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:会社が吸収合併されたら何が起こるか
まずは、社長が持ち掛けられた吸収合併とは何だろうというところからみていきましょう。
「吸収」という言葉に会社の全てが吸い取られてしまうような恐怖を感じています。よろしくお願いします!
吸収する側(買い手側)に吸収される側(売り手側)が文字通り吸収されるイメージのM&A手法。吸収合併にともない、統合される側(売り手側)の法人格は消滅する。
つまり吸収された会社はこの世から消えて、買い手企業の一部になるということです。
やはり会社の全てが吸い取られてしまうのですね…。会社がなくなるのは寂しすぎます…。
たしかに、手塩にかけて育て上げた会社の法人格が消滅してしまうのは寂しいですよね。しかし吸収合併で売り手側が得られるメリットもありますよ。
- 会社の負債や債務も買い手に引き継がれる
- 従業員の雇用が守られる
- 社長個人が譲渡対価を受け取れる
- 後継者問題が解決できる
吸収合併は、吸収される会社の権利義務を吸収する側が包括的に継承します。そのため会社の負債・債務・従業員の雇用も全て吸収する側へと引き継がれます。
「包括的」を分かりやすくいうと「全部ひっくるめて」という意味です。吸収される側は、権利・義務・負債など会社の全てを吸収する側へと引き継ぎます。
また、吸収合併では会社の「売主」は株主になります。中小企業の多くは社長が株主であることが多いため、社長が吸収合併の譲渡対価を受け取れるのです。
さらに吸収された会社は吸収した会社の一部となるため、後継者を立てる必要がなくなります。
後継者不足に悩んでいる中小企業のオーナーは、吸収合併のメリットに魅力を感じる人も多いんですよ。
なるほどたしかに。会社を譲渡した対価を受け取って、後継者の心配をせずに引退できるってことですもんね。安心して第二の人生をスタートできそうです。
ちなみにM&A用語では吸収される側の会社を「消滅会社」と呼び、吸収する側の会社を「存続会社」と呼んでいます。
これ以降は当記事でも、消滅会社と存続会社の表記を使用致します。
2章:会社が吸収合併されたら社長は社長でなくなる
吸収合併で会社が吸収されたら、買い手企業の一部になるんですよね?私が現在就いているポストも消滅すると思うのですが、私の処遇はどうなるのでしょうか?
仰る通り、吸収合併後に売り手側の社長は社長でなくなります。その後の処遇についてはいくつかのパターンがありますので、順にご紹介していきますね。
2-1 引継ぎ期間は会社に残る必要がある
M&Aで吸収合併が成立すると、その後に会社の引継ぎを行う期間が必要になります。
合併の成立後に即解任されるわけではないのですね。
M&Aで本当に大切なのはM&A取引の完了ではなく、取引が成立した後に両社の統合が成功し、M&Aに期待していた効果を得られること。
M&Aに期待していた効果を得るためには、経営や業務に関してしっかりと引継ぎを行ったうえで、両社を統合していくことが重要です。
引継ぎ期間は会社の規模や社長が抱えている仕事内容にもよりますが、3ヶ月~1年程度に設定されるケースが多いですよ。
引継ぎ期間は会社に残れると聞いて安心しましたが、引継ぎ期間が終わった後はどうなるのでしょうか。
引継ぎ期間後の社長の処遇については、次項から解説していきますね。
2-2 引継ぎ後は引退するケースが多い
吸収合併でM&Aを実行した売り手社長は、引継ぎ期間が終了したら引退するケースが多くを占めています。
逆にいうと「安心して引退したいからM&Aスキームに吸収合併を選ぶ」という社長が多いですね。
なるほど。引退を希望している場合は、吸収合併を選ぶのも良さそうですね。
2-3 退任後に存続会社の顧問に就任する人もいる
引継ぎ後は引退するケースが多くを占める吸収合併ですが、中には退任後に存続会社の顧問に就任する人もいます。
上記のようなケースでは、M&A交渉時に引退後は顧問に就任したい旨を存続会社に了承してもらう必要があります。ご自身の希望は早い段階で明確にしておきましょう。
なるほど。私ももう少し会社に関わっていきたいと思っているので、吸収合併を承諾する条件として提示してもいいかもしれませんね…。
2-4 存続会社で働き続けるケースもある
吸収合併を実行した社長の中には、顧問などではなくいち社員として存続会社で働き続ける人もいます。
何の肩書もなく…ですか…?それは周りの社員が気を遣ってしまいそうですね。
周りの社員としては正直やりづらいですよね。社長自身も、周りの社員からの目線が気になってしまうと思います。
うーん。たしかに。想像しただけで肩身が狭いです…。
よほどの事情がない限り、レアなケースだといえるでしょう。私も10年以上M&Aの現場に携わっていますが、そのような元社長は今のところ1人だけです。
3章:会社が吸収合併されたら従業員はどうなるか
会社が吸収合併されたら、従業員はどうなるのでしょうか?今まで頑張ってきてくれた従業員を路頭に迷わせるわけにはいきません。
1章でも言及しましたが、吸収合併は会社を丸ごと引き継ぐ包括継承です。基本的には従業員の雇用もそのまま存続会社へ引き継がれますよ。
それなら安心ですね。合併となると、従業員は所属する会社が変わるということですよね。合併に際して、従業員から事前に同意を得ておく必要はあるのでしょうか?
消滅会社の権利義務は、自動的にすべて存続会社に承継されることになっています。そのため従業員本人の同意は不要です。
なるほど。それでは従業員たちには、合併の事実のみを通達すれば良いのですね。
たしかにそうですが、突然吸収合併の事実のみを聞かされた従業員は驚きと不安を覚えます。従業員の離職を招いてしまう結果にもなりかねないので、発表は慎重に行いましょうね。
3-1 雇用契約は存続会社へ引き継がれる
吸収合併は、消滅会社の権利や義務が全て存続会社に引き継がれるM&Aのスキームです。
雇用契約においても例外ではなく、就業規則も含めて基本的にそのまま存続会社へと引き継がれます。
引き継がれた就業規則ですが、合併後すぐに変更されることはありません。時間をかけて存続会社の就業規則に統合されるケースが一般的です。
合併後しばらくは以前と同じように働けるということですね。会社という組織が大きく変わっても、”以前と同じ部分”があると安心できる気がします。
3-2 給与体系は時間をかけて統合される
合併直後においては、給与体系は合併前の存続会社・消滅会社それぞれで採用されていた基準が引き継がれます。
しかしそうなると1つの会社に2つの給与体系が存在することになるため、時間をかけて1つに統合していくことが一般的です。
存続会社の給与体系に合わせて調整されるケースが一般的ですよ。
ということは、合併直後は給与体系に変更はないけれど、いつかは合併先の給与体系に合わせて変更になるということですね。給与が下がってしまう可能性もあるということでしょうか…。
吸収合併の場合、存続会社の方が規模の大きな企業であるケースが多数を占めています。そのため給与が上がる可能性の方が高いですよ。
そうなんですね!?それは未来への希望が持てますね。
3-3 役職は変更になる可能性が高い
雇用契約や給与体系はそのまま引き継がれる吸収合併ですが、役職は変更になる可能性が高いでしょう。
なぜなら、合併にともない人員の再配置が実施されるケースが一般的だからです。
また、2社が1つの会社になることで、役職そのものが減少する可能性が高い点も理由の1つとして挙げられます。
同じ部署に部長は2人も必要ないですからね。
たしかに。総務とか経理とか、2社に重複する部署はいくつかあると考えられますよね…。
人員の再配置が行われた結果、希望通りのポストに就けることもありますが、降格になる場合も十分に考えられるでしょう。
3-4 勤続年数や有給休暇の日数は引き継がれる
雇用契約が自動的に引き継がれる吸収合併では、勤続年数や有給休暇の日数も同時に引き継がれます。
したがって、合併にともない勤続年数や有給休暇の日数がリセットされることはありません。
ということは、合併が原因で退職金が減ってしまうこともないのですね。
合併直後においてはその通りです。しかし合併後に退職金制度の統合が行われると、新しい退職金制度の内容によっては当初想定していた金額から減る可能性もありますよ。
ただし、退職金の減額は労働条件の不利益変更にあたります。そのため、会社が一方的に変更することはできません。
基本的には労働者1人1人の同意を得ないと実行できないため、事前に労働者への説明や協議が行われます。
3-5 社会保険や雇用保険も引き継がれる
合併によって従業員が所属する会社が変わっても、所定の手続きを行えば社会保険や雇用保険の引継ぎも可能です。
○社会保険
消滅会社は「被保険者資格喪失届」と「適用事業所全喪届」を日本年金機構へ提出します。
そして存続会社は「被保険者資格取得届」を提出します。
速やかに手続きを行わないと新しい保険証の発行が遅れる可能性がある
健康保険証が手元にない期間が発生すると、従業員は不安を感じるでしょう。新しい健康保険証をスムーズに発行するためにも、速やかな手続きが必要です。
○雇用保険
雇用保険は、消滅会社と存続会社が同一の事業主であることを認定させる手続きを行います。
認定手続きには、「新旧事業実態証明書」や「合併契約書」などが必要です。
認定の申請はハローワークへ提出しますが、各ハローワークによって専用の申請書類が必要だったり提出書類が異なったりします。
事前に認定の申請を行うハローワークで確認しておきましょう。
3-6 福利厚生は変更される可能性がある
福利厚生とは、給与や賞与以外に支給する報酬などを指していて、社宅・住宅手当・家賃補助などがあります。
基本的に福利厚生は、合併前の条件がそのまま適用されます。
しかし経営の合理化や効率化を謳い社宅を廃止するなど、従業員に不利益をもたらす改定が行われる可能性もゼロではありません。
ただし、改定には従業員への事前説明と書面での同意が必要です。
従業員の同意が必要といっても、今後も働き続けたいなら従業員は同意するしかないですよね…。
たしかにそうかもしれません。しかし会社としても従業員に辞められると困るので、社宅廃止の代わりに家賃補助を支給するといった措置が取られる可能性もありますよ。
4章:吸収合併を理由としたリストラや解雇はできない
吸収合併したら人員が過剰になってしまう部署が出てきますよね。そういった部署で働く従業員はリストラ対象になってしまうのでしょうか。
たしかに重複している部署などでは人員が余ってしまう可能性がありますね。しかし、合併を理由としたリストラや解雇は会社法第750条で禁止されているんですよ。
法律で禁止されているのですね!それなら安心です。
吸収合併を理由としたリストラや解雇は原則としてできませんが、事業の効率化や組織再編のために希望退職者を募る可能性はあります。
希望退職はリストラではあるが、本人の希望によるもののため違法にはならない
希望退職では退職金が上乗せされるケースが多いため、転職のチャンスととらえる人もいるんですよ。
なるほど。元々転職を考えていた従業員にとってはチャンスかもしれませんね。
どちらにせよ、このまま働き続けることを希望している従業員の雇用は守られます。安心してくださいね。
5章:社長の希望次第では株式譲渡も検討してみよう
吸収合併のことはだいたい分かった気がします。後継者がいない私にとってはメリットも大きいと感じるのですが、決断に踏み切れません…。
決断に踏み切れないということは、納得できていない点があるのですね。社長の希望次第では、他のスキームを検討しても良いと思いますよ。
「M&Aの実行を検討しているけれど吸収合併には抵抗を感じる」という人におすすめのM&Aスキームとしては、株式譲渡が挙げられます。
譲渡対象企業の株主が所有する株式を売却し、会社の経営権を移転させるM&Aスキームの1つ
つまり、社長が保有している自社の株式を第三者(買い手)へ売却し、経営権を譲り渡すという仕組みです。
株式譲渡では先に挙げた吸収合併で売り手が得られるメリットを全て享受できるため、吸収合併に抵抗を感じる人におすすめできるM&Aスキームとなっています。
5-1 会社の法人格を残したい
私が最も気になっているのは、吸収合併だと法人格が消滅してしまう点ですね。愛着のある会社がなくなってしまうのは寂しすぎます。
株式譲渡なら、法人格を残したまま会社を第三者に任せることができますよ。
株式譲渡でM&Aを行った場合、売り手企業は買い手の子会社となります。したがって、会社の法人格は残ったままとなるのです。
なるほど。会社そのものは変わらず、経営者だけが交代するイメージですね。
そのイメージでOKです。会社はそのままなので、自分のもとを巣立っていった後もそっと見守り続けられますよね。
5-2 手続きはなるべく簡単に済ませたい
吸収合併は、会社という組織の再編手続きに該当します。
そのため手続きが多いというデメリットを持ち、吸収合併の成立までに多大なる時間とコストを要します。
一方で株式譲渡は、株式の譲渡対価を受け取り、経営権を譲り渡すことで手続きが完了します。
特に100%の株式を社長が所有しているケースが多い中小企業では、株式譲渡に必要な手続きが形式的なものになりやすく、手続きを簡単に済ませられる可能性が高いです。
手続きをなるべく簡単に済ませたいのであれば、株式譲渡がおすすめです。
5-3 従業員にかかる負担をなるべく減らしたい
吸収合併は、存続会社が消滅会社の全てを引き継ぐM&Aスキームです。
全く別の会社が1つの会社として事業を行っていくためには、M&A後に経営方針・人事評価制度・規則・従業員の意識などを1つに統合する作業が必要になります。
M&A後に行われる2社の統合作業をPMIと呼んでいます。
合併の場合は他のM&Aスキームと比べてPMIが難しく、統合作業を行う従業員にかなりの負担がかかります。
PMIにはどれくらいの期間が必要なのですか?
平均して1年程度の期間を想定しています。
M&A後にかかる従業員の負担をなるべく減らしたいのであれば、株式譲渡でのM&Aがおすすめです。吸収合併に比べると、PMI作業への負担を減らせるでしょう。
まとめ
吸収合併で吸収された会社は法人格が消滅し、吸収した会社の一部になります。
会社はなくなってしまいますが、吸収合併で吸収された会社は以下のメリットが得られます。
- 会社の負債や債務も買い手に引き継がれる
- 従業員の雇用が守られる
- 社長個人が譲渡対価を受け取れる
- 後継者問題が解決できる
上記のメリットから考えると、引退を考えているものの、後継者不在のために実現ができていない社長には適したM&Aスキームだといえるでしょう。
吸収合併ののち、吸収された会社の社長は引継ぎ期間を終えたら引退するケースが一般的です。
ただし、中には退任後に存続会社の顧問に就任するケースや、存続会社の一般社員として働き続ける選択をする社長もいます。
また、吸収合併で従業員の雇用契約はそのまま存続会社へと引き継がれ、吸収合併を理由にしたリストラや解雇は基本的にできません。
吸収合併の実施にあたって従業員から個別の同意を得る必要はありませんが、混乱や不安を避けるためにも、従業員からの理解を得ておくことは大切です。
会社の法人格を残したい場合は、株式譲渡でのM&Aがおすすめ
法人格を残したい場合だけでなく、M&A手続きをなるべく簡単に済ませたい場合や、従業員にかかる負担を減らしたい場合にも株式譲渡がおすすめです。
吸収合併と株式譲渡は共通するメリットも多いですが、社長の希望にあったスキームを選択できると良いですね。
私も吸収合併の話を持ち掛けられて狼狽していましたが、だいぶ自分の考えを整理できました!話を受けるにせよ断るにせよ、自分の意志で先方へ説明ができそうです。
それは良かったです。M&Aスキームに迷ったり、先方との話し合いに不安を感じたりした場合はまたいつでも相談してくださいね。
ありがとうございます!