M&Aで会社売却を検討している経営者の中には、使用するスキーム(譲渡方法)に迷っている人も多いのではないでしょうか。
会社を丸ごと譲渡する株式譲渡か、特定の事業のみを切り離して売却する事業譲渡か…。決断の決め手がなくて迷っています。
選択すべきM&Aスキームは、自社の状況や売却したい理由によっても異なります。まずは自社の状況を確認し、売却したい理由を明確にしましょう。
この記事では、M&Aで使用するスキームに事業譲渡を選ぶべきケースとその理由を解説します。
自社のケースに照らし合わせて、M&Aスキームを検討する際の参考にしてみてください。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:経営者が事業譲渡を選ぶのはどんなとき?
M&Aには、会社を丸ごと売却する株式譲渡や法人格の消滅を伴う合併など、さまざまなスキームが存在します。
それぞれのスキームにメリットとデメリットが存在するため、会社売却を検討している経営者は、自社にとって最適な方法を選択する必要があります。
それでは、経営者がM&Aスキームに事業譲渡を選択するケースにはどのようなケースが当てはまるのでしょうか。
1-1 売却したい事業と手元に残したい事業があるとき
- 赤字事業を切り離してメインの事業に専念したい
- 会社名義で保有している収益不動産は手元に残しておきたい など
上記のように、自身が経営している会社の中に売却したい事業と手元に残したい事業があるときは、事業譲渡を選ぶと良いでしょう。
事業譲渡は譲渡する事業や資産を個別に指定し、手放したい事業のみの売却が可能になるためです。
1-2 他の方法では売却できない事情があるとき
- 大きな負債を抱えている
- 多角的に事業を展開している
上記のようなケースは、会社を丸ごと譲渡する株式譲渡では買い手が見つかりにくい可能性が高いです。
そのため、特定の事業のみを「買収したい事業が明確に決まっている」買い手へ譲渡する事業譲渡の方が、M&Aが成立しやすいのです。
株式譲渡で買い手が見つからなかった場合に、事業譲渡に切り替えてM&Aを行うケースも少なくありません。
とにかく「売れる部分を売る」というイメージですね。
2章:経営者がM&Aで事業譲渡を選ぶ具体的な理由9選とそのメリット
ここからはさらに分かりやすく、実際に経営者が事業譲渡を選ぶ具体的な理由をメリットとともに見ていきましょう。
自社の状況に近いケースがあるかどうか、確認しながら読み進めていってくださいね。
2-1 メイン事業に集中するため
メイン事業とは別の事業も手掛けているが、メイン事業1本に絞りたい
上記のような状況下にある会社がM&Aを行うなら、事業譲渡がおすすめです。
広げすぎた事業を選択して譲渡することで、メイン事業に集中できる
2-2 収益不動産など残したい事業があるため
- 会社名義で収益不動産を所有している
- 会社からのリタイアを考えているが、リタイア後の生活のため収益不動産は手元に残したい
上記のようなケースでは、事業譲渡で収益不動産以外の事業を売却しましょう。
不動産による継続的な収入を確保できる
2-3 譲渡益への課税額を抑えるため
- 会社に繰越欠損金がある
- 1円でも多く節税したい
このような条件に当てはまる会社は、場合によっては株式譲渡より事業譲渡の方が節税できるかもしれません。
- 株式譲渡の譲渡益は株主個人が受け取るため、課税される税金は所得税住民税等で一律20.315%
- 事業譲渡の譲渡益は会社が受け取るため、課税される税金は法人税等でおよそ33%(会社により異なる)
一見すると株式譲渡の方が課税される税率は低いのですが、事業譲渡の場合は譲渡益を繰越欠損金で相殺できる点がポイントです。
中小法人の場合、繰越欠損金の控除限度額に上限がない。つまり中小企業は繰越欠損金を100%相殺できる。
※ただし繰り越せる期限は10年
譲渡価額と繰越欠損金の有無によっては、株式譲渡より事業譲渡を選択した方が課税額を抑えられる可能性が出てきます。
繰越欠損金の相殺を検討している会社は、M&Aで予想される譲渡価額を基にスキームを選択する必要が出てきます。
譲渡価額の予想は自分たちでは難しいですね。早めに専門家に相談したほうが良さそうですね。
2-4 実は法令違反を犯してしまっている項目があるため
良くないことだとは分かっていても、経費削減等を理由にして法令違反を犯してしまう中小企業も実は存在しています。
しかし法令違反を犯すということは、罰則や罰金のリスクを抱えているということ。
そのような会社は、株式譲渡では買い手が見つかりづらいのが現実です。
運送業では安全管理のために「点呼」が法律で義務付けられています。しかし点呼を実施するためには深夜や早朝に点呼者を配置する必要があるため、経費がかさみます。
そのためやむを得ず「点呼をしない」という法令違反をしてしまう会社が出てくるケースが見受けられるのです。
点呼の義務に違反すると「50日の車両停止」といった罰則が科されます。
「罰則を受ける可能性がある」という事実は、買い手側にとって大きなリスクです。
もし株式譲渡の話が進んでいても、デューデリジェンス(買収監査)で法令違反が発覚すると、買収価額の減額やM&Aの破談といったことが起こり得ます。
このような事例ではトラックや人材など、事業に必要な項目のみを譲渡できる事業譲渡がおすすめです。
リスクは手元に残すことで、買い手がつきやすくなる
2-5 新規事業に参入するため
事業譲渡は、新規事業に参入することを目的として行われるケースも存在します。
現在行っている事業を売却して、譲渡益を資金として新規事業に参入するケースが該当します。
なるほど。事業譲渡を行えば、法人格はそのままで会社の事業を空っぽにできるというわけですね。
そんな感じのイメージでOKです。新規事業のために新たな会社を立ち上げる必要がなくなるんですよ。
新たに会社を立ち上げることなく、会社の中身をごっそり入れ替えられる
2-6 複数の事業があり株式譲渡では買い手が見つからないため
業種の異なる事業をいくつも展開している場合、株式譲渡では買い手が見つかりにくくなります。
買い手の気持ちになって考えてみると、自社で取り扱っていない事業までは買収したくないですね。
全く同じ4つの事業を展開していてさらにM&Aを検討している、という買い手候補に巡り合う可能性は限りなく低いといえますよね。
このようなケースでは、事業ごとに別の企業へ譲渡が実行できる事業譲渡がおすすめです。
事業ごとに分けて譲渡できるため、買い手が見つかりやすい
2-7 不採算事業を切り離すため
- 特定の事業が毎年売り上げの足を引っ張っている
- 新規事業に参入したものの、知識やノウハウが不足していて赤字に転落してしまった
- 採算の取れていない事業を黒字に転換していく自信もモチベーションもない
このような事業を抱えているのであれば、事業譲渡がおすすめです。
不採算事業を譲渡するケースでは、譲渡した側だけでなく譲渡された事業にとってもメリットを見いだせるのです。
- 不採算事業をその分野が得意な企業に譲渡できる
- 不採算事業を切り離すことで、会社の更なる業績アップが期待できる
- 切り離された不採算事業も、買収先で息を吹き返す可能性が高い
自社では活かせなかった事業を活かしてくれる譲渡先の選定が、会社にとっても譲渡対象の事業にとっても重要なポイントですよ。
2-8 資金調達を行うため
何らかの理由でまとまった資金が必要になった場合、資金調達を目的として事業譲渡を実行することがあります。
会社のメイン事業に影響を及ぼすことなく資金調達ができる
ただし、会社法に定められている競業の禁止条項に注意しましょう。
つまり、資金調達の必要がなくなったからといって、すぐに譲渡した事業と同業種の事業を立ち上げられないのです。
資金調達を目的とした事業譲渡を行う際は、「本当に譲渡して良い事業か」をしっかりと見極めましょう。
2-9 負債や訴訟リスクを抱えているため
事業や人材など譲渡する項目を細かく設定できる事業譲渡は、負債などマイナスの資産を抱えていても譲渡先が見つかりやすい特徴を持っています。
そのため、負債や訴訟リスクを抱えた事業を譲渡したいのであれば、事業譲渡がおすすめです。
- 負債やリスクは手元に残したまま、プラスの資産のみを譲渡できる
- 残った負債は譲渡益を使って返済できる
「負債を手元に残す」というと「借金だけが残ると会社が困ってしまうのではないか」と考えるかもしれません。
しかし負債は譲渡益で返済すれば良いのです。
切り離したい事業を譲渡できるうえに、負債の返済もできたら最高ですね。
安心してメイン事業に取り組めるようになりますよね。
3章:売り手から見た事業譲渡のデメリット
売り手にとって多くのメリットが期待できる事業譲渡ですが、デメリットの存在も無視できません。
発生する可能性のあるデメリットも考慮に入れた上での検討をおすすめします。
3-1 株式譲渡に比べて手続きが煩雑
会社を丸ごと譲渡する株式譲渡に比べると、事業譲渡の手続きは煩雑です。
なぜなら、譲渡する項目1つ1つに対しての譲渡手続きが必要になるからです。
場合によっては手続きの準備等に手間取る可能性もあるため、余裕を持ったスケジューリングを行いましょう。
3-2 譲渡対象となる従業員1人1人の同意が必要
多くの場合において、事業譲渡の譲渡対象には従業員も含まれています。
譲渡対象となった従業員は一旦売り手側の会社を退職し、買い手側企業と新たに雇用契約を締結する必要があります。
そのため、譲渡対象となった従業員1人1人に同意を得る必要があるのです。
対象となる従業員が多いと、説明や同意を得る作業などに多くの期間が必要になります。
中には拒否する従業員も出そうですよね。
その通りです。転籍を拒否した従業員とトラブルが起こるケースも発生しているため、従業員への説明はかなり重要なミッションとなっています。
3-3 株式譲渡に比べて税負担が重くなる可能性が高い
事業譲渡の譲渡益は法人税の課税対象となっており、課税される税率はおよそ33%です。
これは株式譲渡の譲渡益に対して課税される所得税・住民税等の20.315%よりも高い数字になっています。
そのため同じ価額で株式譲渡と事業譲渡が行われた場合、事業譲渡の方が税負担が重くなる可能性が高いのです。
事業譲渡で譲渡益を受け取るのは会社
譲渡益は会社の利益となるため、通常の事業の利益と合算されて法人税の課税対象になるんですよ。
3-4 譲渡益は売り手社長個人の収入にならない
事業譲渡では、事業を譲渡する売主は会社です。そのため譲渡益を得るのも会社となっています。
譲渡益を売り手社長個人の収入にしたいのであれば、売主=株主となる株式譲渡がおすすめです。
「譲渡益を得たいのは誰か」を基準にM&Aスキームの選択を行うのもアリですよ。
3-5 譲渡後の事業展開に制限がかかる
事業譲渡後は、新規事業の展開に制限がかかる点に注意しなくてはなりません。
つまり、一度事業を譲渡してしまうと向こう20年は同じ業種の事業ができないのです。
事業譲渡を行う際には「向こう20年この事業はしない」という覚悟が必要になるんですね。
その通りです。今後の事業計画も踏まえて、慎重に検討してくださいね。
まとめ
経営者が事業譲渡を選ぶ背景には、メイン事業に集中するため・課税額を抑えるため・資金調達のためなどさまざまな理由が存在します。
その理由を大きく分けると、以下の2点に集約されます。
- 売却したい事業と手元に残したい事業がある
- 他の方法では売却できない事情がある
自社の状況が上記2点に当てはまる場合は、M&Aのスキームとして事業譲渡を検討してみると良いでしょう。
ただし、事業譲渡はメリットばかり得られるわけではありません。
手続きが煩雑になる・従業員1人1人からの同意が必要になる・譲渡後の事業展開に制限がかかるなどのデメリットが存在することも事業譲渡の特徴です。
M&Aを成功へと導くためには、期待できるメリットと起こり得るデメリットを比較したうえで、しっかり検討することが重要です。
M&Aスキームに迷ったときや、そもそもM&Aを実行すべきか迷ったときは、M&Aの専門家に相談してみましょう。