会社を末永く存続させていくために、経営者は会社の経営を後継者へと引き継いでいく事業承継が欠かせません。
しかしその方法がいくつかあることは、意外と知られていないのが事実です。
そこでこの記事では、事業承継の5つの方法についてご紹介します。さらに、5つの中から自社にとってふさわしい方法の選び方も解説しています。
事業承継の方法について悩みを持っている経営者様は、ぜひこの記事で検討してみてください。
登場人物紹介
インバースコンサルティング株式会社の代表取締役で現役のM&Aコンサルタントでもあります。記事内ではM&Aに関する疑問にどんどんお答えしていきます!
中小企業を経営している社長です。後継者不在に悩んでいて、M&Aを検討している真っ只中にいます。いつもは困った顔をしていますが、たまに笑顔になります。
1章:事業承継とは
事業承継とは、経営者が事業を次世代へ引き継ぐことです。
事業承継を行わない場合、現経営者が引退するタイミングで廃業するしかありません。
つまり、現経営者が引退した後も会社を存続させたいのであれば、必ず事業承継を行う必要があるのです。
まずは、事業承継の定義について確認しておきましょう。
1-1 事業承継の定義
2016年に中小企業庁により策定された「事業承継ガイドライン」によると、事業承継とは「事業」そのものを「承継」する取組とされています。
つまり事業承継とは、経営者が会社の経営権やこれまで培ってきた経営資源など、事業の全てを後継者へ引き継ぐことを指しているのです。
1-2 事業承継で引き継ぐ3つの経営資源
事業承継は単純に「株式の承継」+「代表者の交代」と考えられることがありますが、事業承継後に後継者が安定した経営を行うためには、それだけでは不十分です。
株式の承継と代表者の交代に加えて、現経営者が培ってきたあらゆる経営資源を承継する必要があるのです。
経営者が承継すべき経営資源は多岐にわたりますが、人(経営)・資産・知的資産の3種類に大別できます。
○人(経営)
経営者が承継すべき経営資源の1つめは、人(経営)です。
これは会社の経営権を引き継ぐことを指しており、会社の場合は代表取締役の交代にあたります。
そして適切な後継者の選定は、会社の未来を左右する重要な事項です。
特に中小企業では、経営のノウハウや取引先の人脈など経営者に依存している会社が多い傾向にあります。
そのため事業の円滑な運営や業績が、経営者の資質に大きく左右される可能性が高いのです。
事業承継を成功させて会社の未来を明るいものにするためには、後継者選びが重要なのですね。責任を感じます。
そうですね。後継者候補自身のやる気はもちろん、経営者としての資質が非常に重要です。
○資産
2つめは、資産です。事業承継では、事業を行うために必要な資産を全て引き継ぎます。
引き継がれる資産の内訳は、以下の通りです。
設備・不動産・債権・債務・株式
資産の全てを引き継ぐといっても、会社保有の資産の価値は株式に包含されています。そのため、資産の引き継ぎ=株式の承継だと考えて良いでしょう。
中小企業の多くは現経営者が100%の株式を所有しているため、その株式を全て後継者へ引き継ぎます。
ただし現経営者が100%の株式を所有していない場合は、株主の所在を明らかにし、対策を講じる必要が出てきます。
○知的資産
知的資産とは、会社や現経営者が所有している「目に見えない資産」です。
例えば現経営者の経営理念・ノウハウ・信用・技術などが知的資産に該当します。
たしかに経営理念を引き継いでもらえないと、全く別の会社になってしまいそうですね。
万が一そのようなことが起こると現場の従業員も混乱してしまいますので、しっかりと引き継いでいきたいところです。
特に中小企業の場合は、社長と従業員との信頼関係の上に円滑な事業運営が成り立っている場合も多いです。
そのため経営者の交代で信頼関係が崩れてしまうと、従業員の大量離職につながりかねません。
しかし一度に大量の従業員が離職すると、会社の存続に関わる事態にもなってきます。
現経営者の想いをしっかりと引き継いでくれる後継者を選定し、従業員との信頼関係を確実に構築していくことが重要です。
2章:中小企業が抱える事業承継の課題
中小企業庁の事業承継ガイドライン(第3版)によると、日本企業の実に99%以上が中小企業です。
日本経済を支えているのは、中小企業だといっても過言ではないんですよ。
しかし日本の中小企業は今、事業承継に大きな課題を抱えています。
それは、後継者不在問題および経営者の高齢化です。
1990年から経営者の平均年齢は右肩上がりを続け、2020年には初めて60歳を超えました。
経営者の交代が進んでいない背景には、後継者の不在が大きな要因となっています。
後継者に会社を引き継げないことが原因で、経営者の高齢化が進んでいるんですね。
事業承継ガイドラインによると、実に中小企業の6割以上が後継者不在となっているんですよ。
そして事業承継が行われない会社の多くは、現経営者の引退と共に廃業します。
実際に中小企業の休廃業・解散件数は年々増加しており、今後さらに後継者不在による廃業が増加するでしょう。
それにより、2025年までの累計で約650万人の雇用および約22兆円のGDPが失われる可能性が示唆されています。
事業承継が行われずに廃業が増えるというのは、国にとっても一大事なんですね。
そうなんです。それだけでなく、事業承継が行われないと消えてしまう技術やノウハウなどの存在も見逃せません。
日本の技術が衰退してしまう可能性があるということですね…。企業だけでなく、日本の未来のためにも早急に解決すべき問題だということが分かりました。
3章:事業承継の5つの方法
「会社を次世代へ引き継ぐ」と聞くと、「自分の子どもに後を継いでもらう」というイメージが強いかもしれません。
もちろんそれも事業承継の方法の1つですが、実は他にもいくつか方法があります。
ここでは、事業承継の5つの方法と、それぞれのメリット・デメリットについてみていきましょう。
ご自身の事情に合った方法での事業承継を検討してくださいね。
3-1 親族内承継
親族内承継とは、現経営者と血縁関係にある人物が事業を承継することです。
血縁関係にあるということは、経営者の子どもや親族が後継者になるということですね。
少子化や職業選択の自由が進んできたため、親族内承継の割合は減少傾向にあります。
しかしそれでもなお、2022年時点での親族内承継が占める割合は事業承継全体の34%を占めており、高い水準を保っています。
○親族内承継のメリット
親族内承継のメリットは、後継者の選定が容易に行える点です。株式や事業資産の引き継ぎも、贈与以外に相続という方法が選べます。
○親族内承継のデメリット
親族内承継の場合、従業員・役員・取引先などから後継者に不満が出やすい傾向があります。
さらに後継者本人からも不満が出る場合があることもデメリットの1つだといえるでしょう。
後継者に指名する人物に関しては、本人のやる気や経営者としての素質を慎重に見極め、しっかりと教育を行う必要があります。
3-2 社内承継(従業員承継)
社内承継は、会社の役員や従業員を後継者とする事業承継の方法です。親族内で後継者が見つからない場合に、社内から後継者を探すケースが多くなっています。
○社内承継のメリット
これまでも会社の事業に携わっている人間が後継者となるため、他の従業員や取引先からの理解が得られやすく、スムーズな事業承継の実現を期待できる点がメリットです。
○社内承継のデメリット
社内承継のデメリットは、後継者の金銭的な負担が大きくなりやすいことです。
なぜなら経営権を引き継ぐためには株式の買い取りが必須になり、後継者はそのための資金を用意しなければならないからです。
3-3 外部招へい
外部招へいとは、次期経営者を社外から招き入れて事業承継を完了させる方法です。
他社の社長や金融機関などから、社長にふさわしい人物をスカウトするケースが多くなっています。
○外部招へいのメリット
外部招へいで事業承継を行うメリットは、今までの社風やしがらみに囚われずに事業の効率化や効果的な施策などを実施できる点です。
また親族内や社内での事業承継に比べると、後継者の選択肢が大きく広がる点もメリットです。
そのため人選次第では、非常に優秀な経営者に会社を任せられるでしょう。
○外部招へいのデメリット
外部招へいでは、これまで全く事業に携わっていなかった人物が突然経営者としてやって来ます。
そのため、社内外からの反発が起こりやすくなる点が大きなデメリットだといえます。
また親族内や従業員への事業承継と比べると、経営者として適任かという点や、経営への熱意を見極めるのが困難です。
3-4 M&A
M&Aとは「Mergers and Acquisitions」の略で、直訳すると「合併と買収」になり、大きなカテゴリでいえば外部招へいの1つです。
M&Aは、会社の経営権を他の会社や経営者へ売却することで、事業承継を実現します。
これまでは親族内承継や社内承継ができないと、廃業するしかありませんでした。しかし近年では、M&Aを活用した事業承継が盛んに行われています。
後継者の不在が大きな問題となっている中小企業においては、今後ますますM&Aでの事業承継が盛んになっていくことが予想されていますよ。
○M&Aのメリット
M&Aの最大のメリットともいえる点が、身近に後継者候補がいなくても事業承継を実現できることです。
その上で現経営者が売却益を受け取れる点も、大きなメリットだといえるでしょう。
さらにシナジー効果を見込める買い手を選ぶことで、自社の更なる発展を目指せます。
○M&Aのデメリット
売却金額や従業員の処遇などの面において、希望通りの条件で取引が成立するとは限らない点が、M&Aのデメリットだといえます。
そのためM&Aに希望する条件についてはあらかじめ優先順位を決めておき、買い手の希望に応じて柔軟に対応できるようにするなどの対応が必要です。
3-5 株式公開(IPO)
株式公開とはIPO(Initial Public Offering)ともいい、株式市場へ上場して自社の株式を自由に売買できる状態にすることを指しています。
つまり、上場企業になるということですね。
上場へのハードルが高いため、中小企業にはあまり利用されない方法ですが、事業承継の1つの選択肢としてご紹介します。
○株式公開のメリット
株式公開のメリットは、幅広く後継者候補を探せる点です。
さらに上場することで会社の知名度や信頼性が高まるため、ビジネスチャンスが増えて事業を拡大しやすくなるでしょう。
○株式公開のデメリット
株式公開のデメリットは、何といっても上場までに膨大な時間と費用が必要な点です。
上場するまでに少なくとも3年程度の準備期間と、2,000万~5,000万円の費用が必要になるといわれています。
また、上場を維持するための継続的なコストも必要です。
確かにコスト面においては、我々のような中小企業にはハードルが高いかもしれませんね…。
4章:自社にふさわしい事業承継方法の見つけ方
事業承継にはいくつかの方法があることが分かりましたが、どのようにして自社にふさわしい方法を見つけたら良いのでしょうか。
事業承継は会社にとっての一大事ですから、絶対に失敗したくありませんよね。ここでは、事業承継方法の見つけ方を解説しますね。
4-1 後継者候補の有無
事業承継を検討する際には、まず後継者候補の有無を確認してください。
親族内や社内に後継者候補がいる場合は、早めに次期経営者としての教育を開始しましょう。
後継者を育成するためには、およそ5年~10年の期間が必要
また、せっかく後継者としての教育を開始しても、途中で本人がくじけて辞めてしまっては元も子もありません。
後継者候補本人の熱意や経営者としての資質をしっかりと見極め、慎重な人選を行いましょう。
後継者候補が見つからない場合は、外部招へい・M&A・株式公開いずれかの手段で事業承継を目指してください。
4-2 事業承継を完了させたい時期
前述の通り、後継者を育成するためには5年~10年程度の期間が必要です。また、後継者候補が途中で辞めてしまう可能性もゼロではありません。
一方でM&Aによる事業承継は、前後する場合もありますが、およそ6ヶ月~1年で経営権の譲渡が完了します。
そのため向こう5年以内に事業承継を完了させたいなら、M&Aでの事業承継がおすすめです。
逆に事業承継の完了時期にこだわりがなければ、後継者候補探しから始めても良いでしょう。
4-3 会社の経営状態
会社にとってふさわしい事業承継の方法は、経営状態によっても左右されます。
経営が順調であれば、親族内や社内での事業承継も安心して行えるでしょう。
しかし経営が芳しくない場合、親族や社内の後継者に後を継いでもらうことに後ろめたさを感じる経営者もいるのではないでしょうか。
経営状態の良くない会社を身内に継いでもらうのは、たしかに申し訳ない気持ちになりますね…。
そこで会社の経営状態が思わしくない場合は、早急にM&Aで売却することをおすすめします。
なぜなら、シナジー効果の見込める買い手へ会社を売却すれば、経営状態が飛躍的に改善できる可能性があるからです。
また、M&Aでは多くの場合が見ず知らずの第三者へ会社を売却します。
買い手も納得の上での取引となるため、業績が思わしくない会社を売却する後ろめたさを感じる必要がありません。
会社の立て直しが期待できるうえに、後ろめたさを感じる必要がない点はとても魅力に感じます。
経営が絶好調で資金に余裕がある場合は、上場を目指しても良いでしょう。
5章:事業承継をしなければ廃業の未来が待っている
ところで、後継者のいない会社が事業承継を行わなかった場合は、どのような未来が待ち受けているのでしょうか?
事業承継を行わない会社に待っている未来は、廃業です。最悪の場合、倒産する可能性もありますよ。
事業承継を行わない場合は、現経営者が引退するタイミングで廃業するしか道はありません。
そして後継者の有無にかかわらず、現経営者はいつか働けなくなる日がやってきます。
もし事業承継が完了していない段階で現経営者が働けなくなってしまうと、会社の舵を取る存在がいなくなるという事実に直面します。
会社はまさに、船頭のいない船のような存在になってしまいます。
会社という船に、進むべき方向を向かせて進ませる存在が不在になるということですね。
後継者が不在でもしばらく操業を続けていける可能性はありますが、トップのいない会社は長くは続きません。
やがて経営が立ち行かなくなり廃業を余儀なくされるか、最悪の場合は倒産にまで追い込まれる可能性があるのです。
廃業や倒産を避けるためにも、現経営者の目の黒いうちに事業承継を行うことは、会社にとって最重要事項だといえるでしょう。
まとめ
事業承継とは経営者が事業を次世代へ引き継ぐことで、以下の5つの方法があります。
- 親族内承継
- 社内承継(従業員承継)
- 外部招へい
- M&A(外部招へいの1種)
- 株式公開(IPO)
しかし現代では、親族内や社内で後継者候補が見つからず、後継者不在問題を抱えている中小企業が増えています。
そして事業承継が行われない場合、現経営者が引退するタイミングで会社は廃業しなければなりません。
廃業したら従業員全員が路頭に迷ってしまいますね。取引先にも迷惑がかかるので、何としてでも避けたいです。
そのため後継者不在問題に悩む中小企業の経営者は、自分が元気なうちに事業承継を実現させることが最重要課題だといっても良いでしょう。
事業承継を実現し、従業員や会社の未来を守ることが、経営者として最後であり最大の責任ですよ。