新シリーズ【実録M&Aの現場より】の2回目となる今回は、M&Aで従業員の雇用は本当に100%維持されるのかについてです。
今回もインバースコンサルティング株式会社の齋藤さんに、インタビュー形式で伺っていきたいと思います。
雇用継続の話だけでなく、リストラの有無や従業員の退職を防ぐ方法についても詳しくお聞きしましたので、M&Aを検討中の経営者様は必見です。
回答者:齋藤和寿
- インバースコンサルティング株式会社代表取締役
- 豊かなリタイアを実現する事業承継コンサルタント
- M&Aによる取引累計額200億円超
- 支援企業は未上場企業から上場企業など多岐に渡る
聞き手:大橋
【実録M&Aの現場より】第1回は下記のリンクからご覧いただけます。
M&Aで従業員の雇用は100%維持できる?

大橋:
今回のテーマは、M&Aで従業員の雇用は本当に百パーセント維持できるのかという疑問に答えていただきたいと思います。
よろしくお願いします。
齋藤さん
(以下、齋藤):
はい。よろしくお願いします。
大橋:
ずばりどうなんでしょうか。
齋藤:
結論から言うと、基本的には100%維持されます。
ただし、「限りなく100%に近いが、絶対の保証はない」というのが現実的な回答です。というのも、スキームによって前提が変わるので、離職率に違いが出てきやすいという事実はありますね。
株式譲渡の場合
大橋:
株式譲渡の場合は、株主だけが交代するという形になるので、従業員の雇用は100%維持されるイメージですがどうでしょうか。
<株式譲渡とは>
- 経営者が保有する会社の全株式を第三者(買い手)へ売却することで、経営権を買い手へ譲り渡すM&Aスキーム。
- 会社はそのまま存続し、経営者だけが買い手へと入れ替わるイメージ
齋藤:
スキームとしては、従業員の雇用は100%維持されます。しかし、本人が辞めたがるケースはどうしても防げません。
M&Aの3ヶ月後や半年後などに自ら去っていくパターンは、決して珍しくないんです。
大橋:
なるほど。仕組みとしては100%維持されるけど、従業員自らが退職を選んだ結果、100%にはならない、ということですね。
事業譲渡の場合
大橋:
事業譲渡の場合はどうなのでしょうか。
事業譲渡では引き継ぐ従業員も個別に選択ができる、という仕組みになっていると思うのですが。
<事業譲渡とは>
- 会社が行っている特定の事業もしくは全ての事業を会社から切り離し、第三者(買い手)へ売却(譲渡)するM&Aスキーム
- 切り離す資産は個別に選択できる。
- ただし資産ごとに譲渡手続きが必要
齋藤:
事業譲渡の場合も、譲渡する事業にひもづく従業員は全員引き継ぐ、という契約を交わすのがデフォルトです。
ただし事業譲渡は、従業員一人ひとりと「新しい会社へ移ります」という内容の転籍同意書を交わす必要があります。
つまり、従業員にとっては辞める選択がしやすいタイミングになってしまう。
そのため株式譲渡の場合よりも(雇用継続の)パーセンテージは下がる印象ですね。
大橋:
こちらも株式譲渡と同じく、仕組みとしては100%維持されるけれど、従業員の意思で退職される可能性があるということですね。
M&Aで従業員が退職するケースについて

大橋:
会社としては100%雇用を維持したけれど、本人の意思で辞めていく。だから結果的に100%ではなくなるケースがある。ということが分かりました。
ここからは、M&Aで従業員が退職する理由について伺いたいと思います。
買い手の環境に馴染めなかったケース
齋藤:
まず挙げられるのが、就業規則の違いです。売主の会社と買主の会社の就業規則が全く同じなんてことはありえません。
特に事業譲渡の場合は買主の会社に移るので、全員がそこの就業規則に合わせなきゃいけないんですね。そうした時に今の働き方と大きく変わる可能性があるんです。
その結果、従業員が「違う」と感じて、退職するというリスクはあります。
大橋:
なかなか難しいですね。M&Aって、売主と買主同士の話だけでは済まないんですね。
買主としては、転籍してもらうために従業員に対して売り込みのようなことはするのでしょうか?
齋藤:
それはしないですね。
しかし多くの場合は買主の方が大きい会社なので、福利厚生的には良くなるケースの方が多いのではないかと思います。
あともう一つ問題になるのが、給与面です。
残業代のつけ方などのルールは会社によって全然違うので、今の働き方をそのまま買主の会社の規定でやると、給料が多額になってしまう時があります。
既存の従業員と不公平にならないように調整するのですが、それも売主側の従業員が不満を感じて辞める可能性を上げる要素の一つです。
大橋:
なるほど。株式譲渡の場合はどうでしょうか。
齋藤:
株式譲渡の場合でも似たような問題が起きます。
例えば買主が上場企業の場合は、上場企業のグループとしての規定があります。
子会社となった当初は大きく変わりませんが、徐々にグループ規定に則って社則を変えていくことになります。
そうなると従業員の働き方が現状と変わったり、出張代の規定などが変わったりします。企業規模が大きくなればなるほど、法令遵守はきっちりしてますので。
そうすると、環境の変化に馴染めなくて退職を選ぶ従業員が出てくる可能性が出てきます。
M&A後に重大なルール違反を犯したケース
齋藤:
あとは特殊事例として、M&A後に重大な規定違反をした従業員が現れた場合は、辞めさせると思います。というか、会社としては辞めさせなければいけません。
もはやこれはM&Aに関係なく、会社経営では当たり前の話ではありますが。
大橋:
諭旨(ゆし)解雇とか、懲戒解雇とかそういう話ですね。
- 諭旨解雇とは
解雇に相当する非違行為があったものの、企業が一定の配慮を示し、従業員に自主的な退職の機会を与える処分。退職金は一部または全額支給される可能性がある。 - 懲戒解雇とは
従業員が重大な違反を犯した場合に適用される最も重い処分。従業員の意思にかかわらず会社側が決定し、即時解雇となる。退職金は原則として不支給または大幅減額となる。
M&Aでリストラに合う可能性は?

大橋:
基本的に従業員の雇用は100%守られるとのことですが、例えばM&Aを理由としてリストラされる可能性はあるのでしょうか。
齋藤:
職場の和を乱すとか、法律違反すれすれのことをやっていそうな社員が仮にもしいるならば、辞めていただきたいと思う気持ちは正直あると思います。
ただし、実際には辞めさせられない。会社が一方的に従業員を辞めさせるのは、今の時代ではできません。
大橋:
では、M&Aが理由でリストラされる、ということはないと捉えて良いと。
齋藤:
今の時代、通常のM&Aでは基本的に起こり得ません。
ただし、私的整理とか法的整理など、そもそも会社が立ち行かない状態に陥っている再生案件の場合にはあり得ます。
あくまでも特殊事例ですので、通常は整理解雇はないと考えていただいて大丈夫です。
M&A後に従業員が退職するリスクについて
大橋:
M&A後に従業員が退職すると、会社側として不都合なことはあるのでしょうか?
齋藤:
事業譲渡の場合を例に挙げますと、転籍に同意するしないというのは従業員の自由です。
ただ買主としては、従業員が来てくれないと仕事が回らずに事業ができなくなってしまうので、「転籍してもらわないと困る」というケースが多いですね。
大橋:
もし従業員の転籍に同意が得られなかったらどうなりますか?
齋藤:
例えば、50人いるうちの40人は転籍してもらわないと事業継続ができなくなる、という場合は、買収自体を取りやめることもありますし、買収額が減額される場合もあります。
この辺りは契約内容に盛り込むのが普通です。買主としても、従業員に転籍してもらわないと買収する意味がなくなってしまいますからね。
大橋:
なるほど。従業員も大切な資産なのだということがよく分かりました。
M&A後に従業員が退職してしまった実例

大橋:
今までに100%の雇用を継続できなかった事例というのは、実際にありましたか?
齋藤:
確かに存在します。
売主はもちろん、買主側としても続けてほしいと思われていた従業員が退職した事例というのもあります。
私が担当した案件でいうと、買主側の役員と売主側の幹部社員が面談を行う機会を儲けた際に、買主側の役員が、数時間単位で遅刻してきたということがありました。
その結果、自分たちが軽んじられていると感じたのか、その売主側の幹部社員は数ヶ月後に退職してしまいました。
大橋:
それは買主側が不誠実ですよね。しかしたとえ買い手の方に原因があったとしても、結局その従業員本人が決断をして退職に至るのですね。
齋藤:
おっしゃる通りです。
売主として注意すべき買い手とは
大橋:
従業員の雇用に関して、売主が注意すべき点はありますか?
齋藤:
過去の事例で、買い手側に「(雇用する人間を)選ばせていただきます」と言われたことがありました。
買い手側と従業員とで1人ずつ面談して、そこで来てもらうかどうか決めて本人に提案する、という内容でしたが、このような買い手には注意した方がいいですね。
買い手から選ばれなかった従業員は売主様が解雇しなければいけなくなるので。売主様としてはかなり負担が大きくなってしまいます。
大橋:
そのような場合はどうすればよいですか?
齋藤:
まず、最初の条件合意が重要です。
雇用の継続をお約束してもらえるなら売却します、というように、前提条件として明確にしておくことが基本です。
といっても、基本は全員引き継いでください、というのがデフォルトです。
もしそれに対して買い手が難色を示した場合は、他の買い手を探せばいい。
どうしてもその買い手へ売却したい、というのであれば止めませんが、従業員の雇用のためには、そのような買い手はやめた方がいいですね。
M&Aに起因する従業員の退職を防ぐ方法

大橋:
売主の立場で、従業員自らが退職を選ぶことを防ぐ手立てというか考え方というか、そういうものはありますか。
齋藤:
従業員が辞める理由は不安だから、の一言ですね。
M&Aで自分はどうなるのだろう、マイナスを被るのではないかと考えるから、大きな不安を抱えてしまう。
だから、その不安を取り除いてあげるのが一番大切です。
従業員が何に不安を感じるかというと、まず買主に対して不安がある。
未知の存在が急に「親会社になりました」と言って自分たちの中に入ってくるわけですから。
それに、M&A後の雇用がどうなるのかとか、厳しい上司が来るのではないかとか、自分の置かれる境遇について不安を感じます。
対策としては、M&Aの最終契約を締結したらすぐに、売主と買主の双方が臨席して、従業員の前で誠実な発表をすることが重要です。
売主様としては、M&Aを実行した理由について、会社のため、ひいては従業員のためになるからだというストーリーを作り、それを自らの口から発表する。これが非常に大切です。
と同時に、買主には自社の規模や概要等を説明してもらい、安心して任せられる会社であることを従業員に印象付けましょう。
大橋:
M&Aの実行を発表する際は、買主にも同席してもらうと良いのですね。
齋藤:
あともう一つ、漏洩の問題は見過ごせません。
漏洩のないまま最終契約を締結した状況を前提に話していましたけど、M&Aの情報が途中で漏れるのが実は一番良くない。
自分の会社がどこか知らない会社へ売られようとしている、そんな情報を得たら、従業員は大きな恐怖を感じます。
なので、従業員には絶対に漏らしてはいけない。気取られてはいけません。
しかし、中には幹部社員に途中で打ち明けないといけないケースも多々あります。
問題は、幹部社員に打ち明けた際に、しっかりそこで留めてもらえるかどうかです。
大橋:
ということは、幹部社員との日頃の関係性も大事になってくるということでしょうか。
齋藤:
まさにその通りです。
「あいつは信頼してるから大丈夫」と思っていても、M&Aを打ち明ける際には「この件はまだ確定じゃないから、お前で留めてくれ」としっかり念押ししておかねばなりません。
大橋:
従業員にとにかく安心してもらうのが一番の対策ということですね。
齋藤:
「安心させる」ではなく「不安にさせない」ことです。
不安になっているというのは、もう知っているということなので。情報漏洩の防止も含めて、不安にさせる隙を与えない。これが一番重要です。
大橋:
なるほど、同じようで全く違いますね。とにかく従業員を不安にさせないことが重要なんですね。
まとめ

M&Aにおいて、従業員の雇用は制度上100%維持されることが基本ですが、「限りなく100%に近いが、絶対の保証はない」というのが実態です。
なぜなら、環境の変化などによって、従業員が自発的に退職してしまうリスクがあるためです。
特に事業譲渡の場合は買主が従業員一人ひとりと転籍同意を交わさねばならず、そのタイミングが退職のきっかけになりやすい傾向があります。
退職を招く原因としては、買主側の就業規則・給与体系・企業文化などと従業員との間のミスマッチ、あるいは情報漏洩による不信感などが挙げられます。
従業員の退職を防ぐ最大の対策は、とにかく不安にさせないことです。
最終契約まで情報の秘匿を徹底し、発表の際は売主・買主双方が揃って誠実な説明を行うことで、従業員に不安を与える隙をなくしましょう。
また、買い手選定の段階では、従業員全員の雇用継続を前提条件として合意を得ておくことが、雇用を守るための確実な一歩となります。
齋藤:
仕組みとしての雇用維持は整っていますが、最後に残るのは従業員一人一人が「この会社で働き続けたいか」という感情の部分です。
そこを丁寧にケアできるかどうかが、M&A成功の分かれ道になると言って良いでしょう。














